ふるふる図書館


第16話 ラバウルとはわかれがたい。2



 お品書きを見るとちょっと珍しいデザートや、いろんなお茶が名を連ねているので俺はいたく感動した。七瀬さんとあれこれ話すのに夢中になってしまう。つい木下さんと涼平を置いてきぼりにしていたが、ふたりはふたりでなにやら話をしていたからいいかな。
 注文を終えて七瀬さんがカウンターの奥にひっこむと、木下さんがつくづく言った。
「食べ物のことになると、人が変わったように勉強熱心だな」
「うう。すいません」
「いいさいいさ、お前がそういうバイトをしたいなら、すればいいよ。お前の人生だ、俺には止める権利はねえし」
 またいじけるつもりかと身構えるも、木下さんはしんみりとしおらしい。肩透かしを食らった。
「『パンセ』を知らないで俺に小言をもらうより、才能とセンスをいかんなく発揮できるほうがお前にとっても幸せだろ」
「やっぱり俺……お払い箱ですか」
「ん?」
「だって。こないだ電話で、『本屋のバイト楽しかった?』って聞かれて、俺、もしかして辞めさせられるのかと思ったんですよ。昨日木下さんに怒られてるときだって」
 記憶がよみがえり、胸がしくしく疼いた。俺の馬鹿さに飽きられて呆れられて愛想尽かされて切り捨てられるのかと考えただけで、鼻の奥がつーんと痛くなる。
「うちのバイト、続けたいのか?」
「くびなんてやです」
「信じられないねーえ」
「どーしてですか!」
「ここでのバイト、する気だろ? 俺に慣れないメールをわざわざよこすほど浮かれまくって」
 読まれてた……。
「掛け持ちしてる人だっているでしょ世の中」
「いーや。お前は、ここでバイトしたら本屋の仕事に身が入らなくなるね。うちを辞めてもいいってすすめるのは思いやり。慈悲だぞ。仏心だぞ」
「そ。そんな。俺、おろそかになんてしないです。真面目に働きます。勉強だってもっとしますっ」
「真面目なのはとっくにわかってるよ。だからこそ、両立なんて小器用な真似ができずに自分の首を絞めるんだろ」
 当たってる気がする。くそ。反論できねえ。俺はしばし押し黙った。
「ひとつに絞るなら、本屋です」
 ああ。とうとう宣言してしまった。
「なんで? 桜田の夢だろ、料理の道は」
「だけど。この先の長い人生、料理ひとすじですもんたぶん。ほかに取柄も特技もないし。だから今は、いいんです。今までどおり働かせてください」
 悲愴な覚悟で苦渋の選択。さらばラバウルよ、また来るまではしばし別れの涙がにじむ。心のBGMは「ラバウル小唄」だ。
「そうかそうか。その気持ち、しかと受けとめた」
「じゃあ、捨てないでくれますか」
「そこまで言われちゃなあ。しかし道のりは険しいぞ?」
「がんばります。なんでもしますっ。ぞうきんがけでも草むしりでも」
「音を上げても知らないぞ」
「男子に二言はありません」
 涼平がかたわらで、「黙って見てろって言われたけど、こうもあっさり篭絡なんて……」とがっくりしながら片手で顔をおおった。
 え?

20071006
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