ふるふる図書館


第16話 ラバウルとはわかれがたい。1



「いいかげん、黙ってなさいお前は。しっしっ」
 七瀬さんが邪険に手を振った。あたかも犬でも追っぱらうみたいに。
「いいんですか。お客さん、でしょ?」
 こそっと小声で尋ねた俺には、柔和な笑みを向けてくれる。
「優しいんですね、桜田君は。あいつは身内みたいなものだから。気にしないで」
 てことはここで働いてんのかなあの美形。地道に勤労する姿などまるっきし想像できない。
 だけど。
 もし俺がバイトすることになった場合には必然的に関わり合いになるわけじゃん。たとえ従業員じゃなくてもここに入り浸ってるような雰囲気だしさ。気にしないで、なんてどだい無理だ。つかむしろ逆だ。
 それにしても。七瀬さんとこの人に囲まれたら、俺の存在感がとことんうすれる。果てしなく霞む。肉眼で視認されなくなるかもしんない。
「もしかしてこのお店、外見の審査でもあるんですか。俺、失格じゃないですか。十人並みだし、さっぱりもてないし」
 ぷぷっと再び失笑するクールビューティ。わ、ひど! 青少年の真剣かつ深刻な発言を! こういう大人が、純朴な若者を非行(死語)へと走らしめるんだ!
「ああ失礼。全然そうは見えないから」
 徹底的におちょくる気か。ここで勤務できるかどうか自分のデリケートさを危惧していると、七瀬さんがたしなめてくれた。
「どうしてそう絡むんだよ、彼、怯えちゃうだろう」
「お前と同じ匂いがするせいだ」
「ええ?」
 俺と七瀬さんははからずも顔を見合わせた。
「同類だから気が合うってわけか、あほくさ。意気ごむだけ馬鹿を見る」
 それだけ言うと、ぷいっとパソコンに戻ってしまった。
 うそ、いきなり嫌われた? なんで?
「おや、あいつに気に入られたみたいですね」
 なのに七瀬さんが首をかしげる。どーしてもそーは見えません。
 愛の反対は無関心といいますが、害を及ぼされるくらいならいっそのことそっとしといてほしいと願うのはまちがってますかマザー・テレサ。
「ごめんね、変なのがいて」
 申し訳なさそうに謝る七瀬さんに、俺は恐縮して両手を振った。
「とんでもないです。こちらこそ騒いですいません。お店、雰囲気も居心地もすごくいいです」
「ありがとう、だけど古めかしいでしょ。平成の子の感覚に合わないかも」
「やだなあ、七瀬さんだって若いのに。これ、でしょ?」
 俺は右手の人さし指と中指を二本、立ててみせた。すると七瀬さんは、俺の右手を包むように握りこんだ。ドキリと心音が速くなる。
 七瀬さんは、俺の薬指を立てて、「これ」とにっこりした。天井を向いてる俺の指は、三本。てことは、三十代? 三十路?
「マジですか」
「マジです」
 その刹那、いつの間にやらそばに来ていたクールビューティが七瀬さんの頭をぽかっと叩いた。
「痛っ! なんでぶつんだよ」
「お前があほうだからだ」
 冷たく言い捨てて、すたすたもとの席へと帰っていく。日常茶飯事なのか肩をすくめただけでそれ以上の追及もせず、けろりと七瀬さんは話を続けた。
「あいつ同い年なんですよ」
 見えない。なんてうっかり口にしたら、俺まで容赦なくどつかれる危険がありそうで黙っておいた。
「俺も涼平も昭和生まれですよ。ぎりぎりだけど」
「え、と。今、平成十八年だから。ということは、あれ? 高校……」
 七瀬さんがこちらに向かってチョキを出す。二年生かと言いたいんだろう。俺は真似して、七瀬さんの薬指をつまんで立たせた。
「三年生?」
「はい、十八です」
 その瞬間、俺の頭を木下さんがぼかっとぶん殴った。
「痛っ! なんでひっぱたくんですかっ」
「お前があほうすぎるからだ」

20071006
PREV
NEXT
INDEX

↑ PAGE TOP