ふるふる図書館


第15話 ハーツイーズはほどとおい。1



 七瀬さんの店に行く日の夕方。
 待ち合わせ場所に現れた木下さんを見て、俺はあごが落ちるほど仰天して目をむいた。
 ファッション誌にでも出てくるかのような小粋な風体だ。どこから見ても、イマドキのおしゃれな若者。うっかりイケメンかと錯覚しそうになるくらいだ。ところどころぴんぴん立てた髪型も、アクセサリーの小物使いも、憎たらしいくらいさまになってる。
 なんだ、やればできるんじゃん!
「なんだか、別人みたいっすね」
 ほっぺたのゆるみをごまかそうとしたら、口ぶりがぶっきらぼうになってしまった。そんな俺をフォローしてか、涼平がまぶしいほどのさわやか笑顔で言う。
「あは、気合入れすぎですよ木下さん」
「リョーヘー君も同行するとは聞いてないぞ」
「心配して来てくれたんですよ。変態オヤジを見てやろうという物見高い誰かさんとちがって」
「ふん、なんの心配だか」
 木下さんはぶつくさつぶやいた。あれ、もしかしておかんむり? ひょっとして俺のせい? これはいかん。
「涼平も一緒だってわかれば、また木下さんが気の抜けた格好してくるかと思って、言わなかったんですよ。でも、よかった。すごく、す、す、素敵ですっ」
 どんなもんだい、リップサービスくらいできるんだ俺だって。だけど、なんでどもるかな。声がうわずるかな。顔がゆでだこになるかなあ……。ほっぺたの火照りを隠したくて下を向いた。
「あ、そうだ、お菓子作ったんです。七瀬さんへのみやげのおすそわけですけど、よかったら食べてください」
 顔を上げられないまま、きれいにラッピングしたショートブレッドの入ったペーパーバッグをぐいっと相手の胸に押しつけた。もちろん涼平にもプレゼントしておいたが、それは言わなくていいよな。俺にもそんくらいの世間知はあるんだ。
「お前、それで俺の機嫌を取ったつもりか?」
 木下さんの声に、肩がびくっと震えた。
「顔から耳から赤らめて、もじもじうつむいて、挙句の果てに手作りお菓子か? そんなことして俺の気がおさまると思うかこのあんぽんたん」
 げっ、逆効果? なぜここまでへそを曲げられるのかわからないまま、返す言葉も見つからずひたすら小さくなっていると、木下さんの手が伸びてきて俺の横面で固定された。またも俺の背筋がびくりとした。
「こうでもしないと勘弁できない」
 言いざま、ありえない距離まで木下さんの顔が接近してきた。え、えっ、ええっ、なにする気? まさか。ここ駅前なんだけど!?
 涼平の咳払いで、木下さんの攻撃は寸止めに終わった。助かった。
 ほっと息つくひまもなく、木下さんの指が、俺の耳から器用にイヤーカフを抜き取った。誕生日に木下さんにほめられたあれだ。
「……今日のところはこれで許してやる」
 俺は絶句し、その場に呆然と固まってしまった。
 完璧フリーズした俺の頭の芯が、くるくるくらくらする。

20070930
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