ふるふる図書館


第13話 モバイルフォンはあなたしだい。1



「そういえばどうしたの、新しい傘があったけど」
「ん、借りた」
 夕食の片づけをしていた母親に聞かれて、必要最低限の文字数で返答した。悪いか、うそはついてないぞ。
「ああそーだそーだ、返さないといけないから、ベランダに干しとかないと。雨もやんだし」
 追及を逃れるべく俺は、「北斗の拳」のリハクもかくやという説明口調でひとりごとを言いつつ玄関に行って、傘立てから七瀬さんの傘を引き抜いた。
 我ながらあからさまにアヤシイ。浮つきすぎだ。そうでなくても、今朝、指摘を受けたばかりなのに。なにかかんぐられそうだ。
 ベランダに出て、傘を広げて物干しに吊るした。いつ七瀬さんのお店に行こうかな、と考えながら手すりにもたれて夏の夜気に包まれながら、揺れるバーバリーチェックをしばらく眺めていた。
 ポケットの中から携帯を取り出した。ふだんはかばんに入れっぱなしなのに、今はしっかり肌身離さず持ってるなんて、うん、俺ってばけっこうゲンキンだ。
 ぱかりと開けて、今日の夕暮れに撮った空を眺めた。
 おいしそうな空。ものをプラス評価するのに、「きれい」とか「美しい」とか「可愛い」とかいろんな基準があるが、俺にとっては「おいしそう」というのは子供のころから大事なことだった。色とか手触りとか。いやむしろ、「きれい」や「美しい」や「可愛い」は「おいしそう」に含まれている、一部であるというのが俺の持論だ。
 それが世間一般の感覚とちょっとばかりちがってることを知って、笑われて馬鹿にされて頭おかしいんじゃないのと揶揄されて、こんりんざい表に出すのは一切やめようと決意した。なのにあのとき、七瀬さんの前で迂闊にも粗忽にも口から出しちまった。ぽろりがあるのは、女だらけの水泳大会とにこにこぷんでたくさんだ。
 思い出すと脳みそが沸騰し溶解しそうだが、七瀬さんは受け入れてくれただけじゃなくて、感動してほめてくれた。半分以上優しさでできてるよーな人だ。まちがいなくバファリンに圧勝してる。
 俺は、菓子よりメシのほうが、食べるのも作るのも好きだけど。七瀬さんのところでバイトができたらいいだろうなあ。
 人を引き合わせるきっかけになるんだったら、携帯を持つのも悪くない。持つようすすめた人に感謝しないといけないよな。

「桜田、携帯の番号教え合いっこしない?」
 書店でアルバイトを始めて数日たったころのことだった。休憩時間に木下さんが人懐こさと屈託なさ全開で、そう提案してきたのは。
「すみません、持ってないんです」
「ふええ。昨今の高校生はみんな所持してるのかと思ってた」
「だって、俺、使う用事ないですから」
「あるよお」
「ありますか?」
「うん。俺が電話かけるもん。メールもするし。バイトしてるんだから、そこから料金払えばいいんじゃん? 給料、使い道が決まってんの?」
「いえ、特には」
「それとも、親が反対するとか?」
「いや、平気ですたぶん」
「よしよし。じゃお前もauな」
「どうしてまた」
「俺がauだから。料金プラン考えてやれるだろ。店でカタログもらってこいよ。あ、いや、ふたりで見に行くか。最新機種じゃなくていいよな、限りなくタダに近い値段で買えるぞ」
 すいすいさくさくと話を進められてしまったのだった。

20070902
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