ふるふる図書館


第11話 プロッターはだいしっぱい。2



「コウちゃん?」
「あ、ごめん」
 急に仏頂面して黙りこんだり握りこぶしを作って気合入れたりしてる俺は、傍からは百面相でもやってるように見えただろう。適当にごまかせるような、ソフィスティケイティッドされたスマートな術など持ち合わせがない。常に直球、ストレート勝負だ。
「どうしたら木下さんを打倒できるかって考えてた。俺、作戦とか立てらんないし。前に兄貴に相談したんだけど……あ」
 後悔してもときすでに遅し。覆水は盆に返らず吐いた唾は飲めず。兄貴の策のことまでしゃべったら、あの失態まで話さなきゃいけなくなるじゃん、ちくしょう俺のあんぽんたん。うすらとんかち!
「お兄さんはなんだって?」
 促されてもごもご口ごもった。一応説明しておくべきか。恥をしのんで。
「誰にも秘密だぞ?」
「わかった」
 いったん決意を固めたものの。
「……ああっやっぱ駄目だー! 暴露したら俺死んじまうよ!」
 往生際悪く、頭を抱えて身悶えた。
「そんなふうにされたら、ますます気になるよ。だけど無理強いはしないよもちろん。言いたくなければ言わなくていいし。コウちゃんに死なれたくないからね」
「いや言う! たいしたことじゃねーからほんとちっちぇえことだからっ」
 フォローされると奮起する。この天邪鬼な性分が毎度自分の首を絞めてるんだろうな。
「涼平、耳貸して」
「え?」
「いいから」
 ちょいちょいと手招きするように指を動かしたら、涼平はどうしてだか赤くなって、でも素直に従った。
 自分の口と涼平の耳を両手のひらで覆うようにしたら涼平は少しくすぐったそうに身をよじったが、俺が語るアヒル男事件のいきさつは真剣に聞いてくれた。
 話し終え、涼平がどんなリアクションを取るか心の準備をととのえてたら、いきなり電車が急ブレーキ。乗客たちがなだれを打って倒れかけ、押されて涼平のほうによろけた。
「うわっ」
 いかん、俺の口が涼平の耳にぶつかっちまった。
「あっ悪い」
 接触したところを指で拭いた。
「だ、大丈夫だから」
「あ、涼平ってこんなところにほくろがあるんだな。知ってた? ほらここ」
 穴に指を入れたら、涼平は顔をしかめて首を縮めた。
「ひゃっ、駄目だって」
「あーごめんごめんっ」
 俺ってばいじめっ子かよ。木下さんじゃあるまいし。
「もしかしてさ、涼平も耳が弱い? そうだよなー、こんなとこ鍛えようがないもんな。だけど木下さんには攻撃しても効かなかったんだよな。秘密の特訓でもしてんのかな。実は随意筋が発達してたりしてさ」
「もうああいうことはしないほうがいいよ」
「うんそーだな。効果がないんじゃやるだけ損だ。んー。なんかウィークポイントねーのかなあ」
「あるにはあるけど」
「マジで? わかったんだすげー! どういうの? がつんとやれる方策もあんの?」
「下手に動くとあの人に塩贈っちゃうことになるからなあ。策におぼれる清河八郎にはなりたくないし」
「へ? よくわかんねーけど、難しそうだな」
「そう。難しいんだよ。厄介なんだ」
 涼平は悩ましげにためいきをついた。そういう表情が似合う。俺なんかがやっても笑いものにされるか、腹が減ってるのかと思われるのが関の山だ。
「ねえコウちゃんは、本当にあの人のこと負かしてみたい?」
「当然っ。こてんぱんにしてぎたぎたにのして泣かせてやりたいよ!」
「そっか」
 相槌を打った涼平が、なぜかほんの少し泣きそうに見えた。気のせいかな?

20060805
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