ふるふる図書館


第11話 プロッターはだいしっぱい。1



 いかに田舎の駅だろうと、通勤通学の時間帯はそれなりに利用者が多い。
 改札に向かう階段の前。人ごみをよける位置に涼平が立っていた。
「おはよう、コウちゃん」
 朝から大変にすがすがしい。
 昨夜、俺と涼平は一緒に通学する約束をかわした。もちろん学校はちがうから途中で別れることにはなるけど。
「いいのか? 涼平、俺とちがって補習とかじゃねーだろ。こんな早く出てこなくても」
「いいんだよ。ふたりでいるほうが楽しいし」
「でもさ、ほんとは電車に乗ってるときも勉強したりするんじゃねえの? 『でる単』見たりとかさ」
「俺はしないよそこまでは。それとも迷惑かな、俺とじゃ」
 改札を抜けた涼平が、まっすぐに俺の目を見て尋ねてきたので、あわてて首を振った。
「いや、そうじゃねーよ」
「そう、ならよかった」
 涼平はにっこりした。
「コウちゃんこそ、ほかの誰かと学校に行ったりしてるんじゃないのかって思ってた」
「いや、全然」
 涼平に誘われて、本心はうれしかった。三年にもなって、誰かと登下校することなんかめったになかったんだ。語るも涙のさびしい話なので木下さんあたりにはなにがあっても言えやしないが。格好のからかいのネタを提供するのがオチだ。そこまで自虐趣味はない。
「俺さ、学校でもあんま友達いないからさ」
 なのに、涼平にはするりと打ち明けてしまう。
「そう?」
「学校のやつらとは合わないみたいで」
 パンツが丸見えになるほどズボンをずり下げてたり髪を染めたりピアスをいくつもつけたり眉を細くしすぎたり靴のかかとを踏んづけて歩いたり、そんなチャラチャラしたクラスメイト連中からくっきりはっきり浮いている俺だった。第一、今日びの若者のトレンドにはついていけない。年上の人間に囲まれて育ったことが原因だろうか。
 おだやかで、俺のこと馬鹿にせず、距離を置きすぎることもなく、性格が安定している涼平は、付き合っていてたいそう気持ちがいい相手だ。
 そうだ俺、涼平みたいな友達が欲しかったんだよなあ。もしかして涼平も俺のことそう思ってくれてるのかなあ。
「どうしたの、楽しそうだね」
 問われてようやく、無意識ににやにやしていたらしいことに気づいた。
「なんでもない」
 照れくさくてぶっきらぼうになる。いくらなんでも小学生じゃあるまいしと思い直して正直に告げた。
「友達と学校に行くのは、やっぱいいな」
「うん」
 涼平はちょっと恥ずかしそうにうなずいた。俺の発言、そんなに幼稚だったかな。
 電車にふたりして乗りこんだ。席はいつものように満員だ。ドアのところに立っていたら涼平が聞いた。
「体、なんともない? 怪我しなかった?」
「ああ、まあどうにか無事だったかな」
 ところどころ打ち身ができてて兄貴に笑われたのは伏せておく。まったく血も涙もないのか我が兄ながら。
 俺ばかりこんな目にあうなんて、どれだけ不幸な星の下に俺を産んだんだ俺の母親は。馬鹿だからしょうがないのか。しかし闘志はいまだ衰えず。木下さんをやっつけてやりたい野心と野望は胸の中に燃えさかっている。それに今は味方だってできたんだ。意気揚々、勇気凛々だ!
 なんて思ってから、少し気持ちが下降した。俺、なんで木下さんのことばっか考えてんだろ。うう、それこそ馬鹿みてえ。でも、木下さんから一本取れば、こんなことなくなる。たぶん、きっと、いや絶対! だから俺はなにがなんでも木下さんに勝つ! 勝たねばならぬ!

20060805
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