ふるふる図書館


第10話 マッドバイターはにあわない。2



 涼平の、息をのむ気配がした。
 兄貴の、とうとうやっちまったかというつぶやきが聞こえた。
 変な感触がする。柔らかくて、少し硬くて、冷たくて、少しあたたかい。パンの耳なら、油で揚げて砂糖をまぶせばうまいけど、ヒトのははじめて口にした。ミミガーだって食ったことないのに。
「桜田、なにしてるか自分でわかってる?」
 あろうことか冷静に返された。ふざけてるときは名前で呼ぶくせに、こーゆーときにはいつもどおりの苗字で呼ぶのかよ。俺はなんだか力が抜けて、木下さんの肩に額をぶつけた。昔の漫画でよくある「ずっこける」っていうやつか? いやそうじゃねえよ、大きな仕事をなしとげた後で気がゆるんだだけだ。たぶん。
「悪かったですねっ」
 目頭がつーんとして、ますます顔を上げられなくなった。
「だって俺、ガキだし七こも下だしバイトだし、け、経験だってないしっ。こんなことくらいしかできねーもん」
 口が裂けても言うもんか、名前を呼んでほしいだなんて。
 って、あれ? 俺、木下さんにダメージ与えるために敢行したんじゃなかったんだっけ。どーゆう思考回路をしとんのだ我ながら。オーバーワークがたたってんのか? 気候にやられてんのか?
 反応と効果を調べるべく、急いで頭を起こして木下さんの顔を視認した。
 木下さんは眉間にたてじわ寄せて俺をじっと見ていた。
 ぎゃあやっべーめっちゃむかついてんじゃん。想定外だよどうすんだ。つかさ、自分じゃ俺にどしどし攻撃してくるくせに、俺に攻撃されるとそんなににらむわけ? 理不尽だっ。実に理不尽だ!
 目を閉じてこめかみを押さえ、長々と息を吐き出した木下さんは、次いでぽりぽり頭をかいた。俺のほうこそためいきつきたい。
「このすっとこどっこいは、またそういうことするんだよなあ、どういう結果を生むのかもわからずにさ。いい加減自覚しろってーの」
 肩を揺らしてくっくっと笑う。怒ってない? とゆーよりも、素でおかしそうだ。こんな木下さんははじめてで、なにかを言うのをつい忘れてしまった。

20060729
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