第8話 プラトニックにいきたい。3
涼平は頬を赤らめて、ストローの空き袋を長い指先でもてあそびながらぽつぽつと語り始めた。
「俺、前からよくあの店に行ってるんだ。だからコウちゃんが入ってきたときも知ってる。同じ高校生ってわかって、それからずっと気になって。
うちの高校って進学校だからさ、バイトなんてしてるやつもいない。コウちゃん見ててうらやましかった。アルバイトしたり、そこでいろんな歳の人と知り合ったりさ。家とか学校とか予備校以外のつながりなんて俺にはないから。のびのびしてるんだろうなって思った」
「いやいや。けっこう失敗したりしてるよ俺。大変なこともあるしさ」
「そう、だよね。表面しか見ずに勝手に決めつけんのはよくないね」
俺はあわてた。
「あっちがう、気を悪くしたんじゃないんだ。謝んなくていいよ」
「だけどコウちゃんが仕事に慣れてないころから、コウちゃんのこと見てたよ。すごくがんばってたから、俺、心の中で応援してた。でも店員と客じゃ、仲よくなるきっかけなんてつかめないし。
偶然なんだよ、俺たちが同じ幼稚園だったのは。たまたまコウちゃんの下の名前がわかってしばらくたったときにたまたま卒園アルバム見てたら、サクラダコウキっていう同姓同名の子がいて。幼稚園のときに遊んでくれたコウちゃんと同一人物かもって。
運命っていうと大げさだけど、縁というか巡り合わせみたいなの感じちゃってさ。コウちゃんが昔俺のこと助けてくれたのは、ほんとだよ。疑ってるかもしれないけど。でも俺も、本屋さんのバイト君があのコウちゃんだったなんてちっとも気づかなかった。ただ口実にしただけなんだよ。正直に話したら気持ち悪がられるだろうなって思って」
「別に気持ち悪くなんてねーよ?」
よく行く店でバイトしてて友達になりたいと思っていたやつがたまたま幼なじみだったってだけの話だろ? 別にうそだってついてないし。
「ほんと? 俺のこと、その……思わなかった、キモイとか」
落ち着かなげにジュースの紙パックをいじりながら涼平が聞く。
「全然」
「そう、ならよかった」
涼平は心底ほっとした様子で顔を上げた。昨日からそうだったけど、どうも涼平は俺の瞳をじいっと見つめることが多い。うーん、目のやり場に困るというかなんというか。「話すときには相手の目を見ましょう」という小学生のときの教えを律儀に忠実に守ってるんだな、きっと。
「コウちゃんって、いいやつだよね」
正面切ってそんなこと言われると無性に照れる。俺はごまかそうとアップルマンゴージュースのストローに口をつけた。
「俺はコウちゃんのこと絶対子供扱いしないし、コウちゃんがいやなことだってしない」
ううっ、涼平だっていいやつだあっ!
涼平はなにか言いかけようとしてためらったように間を置き、もう一度口をひらいた。眼鏡のレンズの向こうに見える瞳は真剣で生真面目そのもので、でもどこか切なげでさびしげで、それでいて決意の色があるようで。俺の脈拍はどうしてだか突如として速くなった。店に流れるハロハロかXフライポテトか何かの能天気なCMが不意にはるか遠ざかる。
そのときだ。
「どうぞ」
俺の目の前に横合いからすっと手が差し出された。ターコイズのはまったごつめのシルバーの指輪が似合うその手に、アップルティー。俺は闖入者を見上げ、一瞬絶句した。
「……兄貴っ?」
兄貴はすまし返って平然としている。
「あちらのお客さまからです」
示すほうに首をねじり。
「うわあっ!」
俺は「新婚さんいらっしゃい!」の桂三枝も裸足で逃げ出すほど見事な床への転げっぷりを惜しげもなく披露した。
そこにいたのは。
カウンター席に座ってにっかり笑う木下さん。
なんのサプライズパーティーだよこれはあっ!