ふるふる図書館


第7話 ホームワークをおしえたい。3



「で、なにを話していたのかね?」
「えっと特には……。あ、夏休みの宿題みてあげようかって言われました。いいやつですよねえ。自分の受験勉強も塾だか予備校だかもあるだろうに」
「俺がみる」
「はい?」
 そんなの申し訳ないから木下さんにお願いしてもいいですか? もちろんただとは言いません食事つきでどうですか。という話に持っていこうとしていたのに。いきなりショートカットで一足飛びに。まだ本題に入ってもいないうちから。とことん意表をつくなあこの人はもう。目を合わせて見つめるだけで感じ合える話もできる宇宙人か?
「大船に乗った気持ちで任せたまえ、理系だろうが文系だろうがことごとくどーんと面倒みようじゃないの、ふはははは」
「はあ、ありがとうございます」
 タナバタ? は先週かまちがえた。タナボタってやつだろうか? ラッキーすぎて怖い。裏があるんじゃねーかと戦々恐々としてしまう。意外にネガティブハートな俺。
「お前って実は策士かネゴシエイターか?」
 なんだそれ。
「じゃないかただの天然か。桜田だもんな」
 失敬な、と抗議しようとしたらヘッドロックをかけられた。ロープロープっ。いやロープはここにねえよ!
「だ、か、ら。夏休みはあのオサナナジミ君と浮気すんじゃねーぞ? さもないと全身くまなく、体のすみからすみまで唾つけてやるぞ。耳なし芳一よりもぬかりなく」
「いたたた。脳細胞が破壊されるっ。これ以上馬鹿になったらどうすんですかっ」
 木下さんがいきなり俺の耳に口をくっつけた。ひゃっぞくっとするっ。首をすくめようにも固定されてて動けない。そんな俺の精いっぱいの抵抗を嘲笑うかのように木下さんは悠々とささやいた。
「馬鹿な子ほど可愛いっていうだろ」
 俺は可愛くなくていいから賢くなりたいよう!
「可愛くないですってばあ!」
「なんだよ。かっこいいやつに可愛いってほめるのは失礼だけど、可愛いやつに可愛いって言うのは全然失礼に当たることじゃねーじゃん」
「やっ。くすぐったいって! も、駄目だって……」
 息も絶え絶えになる。膝から力が抜ける。へたへた座りこみたいのに木下さんの腕が許してくれない。俺になんの恨みがあるんだよう……。助けてくれるどころかいじめてんじゃん兄貴のうそつき! これが昨夜言われた「災難」ってやつか? もーなにがなんだかさっぱりわかんねえよ!
「木下さん……」
「んん?」
「なんで意地悪するんですかっ。俺のことそんっなに嫌いですか?」
「ほへ?」
 木下さんの力がゆるんだのを幸い、すかさず逃れた。涙ぐんだまま、呼吸も髪も乱れたまま、顔も赤いままで木下さんをにらみつけた。するとその吸いこまれるような色の瞳が急に切羽詰まったように、余裕をなくしたように見えて、俺は息をのんだ。
「お前……」
 低くつぶやいて木下さんが俺の両手を取る。心臓が跳ねた。
 木下さんが指先にこめた力を強くする。
 そのまま。上下左右に手を動かして。
「おーまーえーはーあーほーかー?」
 人の体をのこぎりに見立てて歌うなっ。アンタは横山ホットブラザーズの一員か?
「桜田ってほんとナイーブなのな。naive。意味知ってるか?」
 無視すればまたわかんないんだろと揶揄されるのが関の山なのでしぶしぶ答える。
「ウブな人とか。無邪気な、純真な、素朴な、でしょ」
「それも正解なんだけどな。単純な、世間知らずな、だまされやすいっていうけなす意味合いが強い。英会話するときは気をつけろよ」
「へえそうなんですか勉強になりました。って素直に言うわけないでしょ。それ全部俺のことですかっ!」
「あははははは。That's right」
 ふんだふーんだっ。涼平のことを相談しようと思ってたけど、もう木下さんには話すもんかっ。

20060718
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