ふるふる図書館


第7話 ホームワークをおしえたい。2



「これ、俺の携帯とメアド」
 涼平にメモを手渡された。俺もポケットからペンと紙切れを出して書きつけた。涼平が嬉しそうにした。
「あっauなんだ。一緒だ」
「一緒っていえば涼平、俺の兄貴の後輩だな。同じ高校だもんその制服」
「そうなんだ。コウちゃんってお兄さんいたんだ。今いくつ?」
「えーと二十三かな」
「じゃあ学校で会ってないね。コウちゃんはどこの高校?」
「ええっ俺は馬鹿だもん言えるほどのもんじゃねーよ。だいたい高三の夏にもなってバイトしてるってのがすでに受験生じゃねーだろ」
「大学行かないんだ」
「行かねえっつか行けねえっつか。勉強嫌いだからいいけどさ」
「そりゃあ俺も好きじゃないよ」
「でも赤点取ったことなんてないだろ? おつむの出来がちがうんだって」
「お兄さんに勉強教えてもらったりしないの?」
 俺はぶるぶる首を振った。そーいう麗しい兄弟愛など残念ながら桜田家にはいまだかつてない。
「ふうん。コウちゃん、夏休みの課題出てる? 俺、よかったら手伝おうか?」
「えっマジで? いいよいいよ、涼平は受験勉強があるんだろ? 俺のに付き合うことないって」
「復習代わりになるからかまわないのに」
「いやいやほんとほんと、そんなレベルじゃねーからっ。それだったら兄貴に聞くよ」
 兄貴は兄貴で忙しいみたいだけど。大学院での研究も家庭教師のアルバイトもあるとかで。とここで俺の頭の上に電球が点った。ピカ。
「そっか。木下さんがいるじゃん」
「昨夜一緒にいた人?」
「うん。あの人すげ頭いいらしいから」
 でもすんなりOKしてくれっかなあ。料理で釣るか。
「気にしないで、俺が教えるからさ」
「んー、でも一応木下さんに頼んでみるよ。ありがとな」
 それにしても涼平、なんでこんなに親切なんだ? 兄貴に指摘された疑問点を問いただすのもやりづらいよ。また日を改めたほうがいいかな。
「うん、わかった。休憩時間が少なくなると悪いから、もう行くよ。今度メールする」
 涼平は少ししょんぼりした様子で別れた。俺が断ったのがそんなにショックだったのかな。悪いことしたのかなあ。
「さっくっらっだ?」
 涼平がいなくなるとすぐさまぴょこっと木下さんが背後から顔をのぞかせた。相変わらずおちゃめさんだな。愛敬たっぷりどころの騒ぎじゃない、溢れてこぼれてんじゃないのか。出し惜しみしようよ少しは。
 俺のはじめての上司がこういう人ってたぶん社会勉強大きくまちがってる。確実に例外中の例外だよなそうでないと日本が危ない。なんて年金も納めてない俺が我が国の来し方行く末を憂えている場合じゃなかった。
「あっまずかったですかこんなところで話しちゃって」
「そーだなあ、俺の目の届く場所ってのは配慮なのか? 見せつけるためなのか?」
 木下さんは満面の笑みをたたえたまま手加減なく俺の人相が一変するほどほっぺたをむぎゅぎゅっとひっぱった。この表情と行動の不一致が「悪魔」と呼ばれる所以なのか?
「ひらいれふ、すびばひぇんれひた(痛いです、すみませんでした)」
「よそうあんまりやるとコラーゲン繊維が壊れる」
 またコラーゲンかよ。昨日食材扱いしてたし、やっぱり俺を食う気なのか。

20060718
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