ふるふる図書館


第7話 ホームワークをおしえたい。1



 木下さんを見送って家に入ると早速兄貴の尋問にあった。晩飯の前に制服を着替える習慣になってるから、自然に兄貴が俺の部屋までついて来た。内容が内容だけに親に聞かれたくないからちょうどいい。
 たしかに、俺がホモ・サピエンスからアヒルに変身した原因は行きがかり上説明しないといけないだろうな不本意ながら。となるとなしくずしに涼平のことまで話してしまうわけで。
「ふうん、その涼平って子、よくお前のことおぼえてたなあ」
「俺もそう思う」
「苗字も忘れてたんだろ。外見だって変わってるのに、十一年ぶりに会ってお前がわかるってのはすごくないか? 例の傷跡を見たってならともかく、そんなのまったく残ってないし」
「う、そう言われれば」
 今ごろ気づいた。顔の怪我のことだって、うっすらぼんやり記憶にあるが、どんないきさつだったのか当の俺すら忘れているのだ。
「幼稚園のときのアルバム持ってるか?」
 兄貴に聞かれ、本棚から卒園アルバムを引っぱり出してめくった。
「あ、あった、大野涼平」
「こんな顔だった?」
「うーん? 似ているといえば似ているし、そうでもないっていえばそうでもないし」
「どっちだよ」
 ツッコミは俺の専売特許だと思ってたのに兄貴にお株を取られた。
 さっき会った涼平は、いかにも秀才といった風貌だった。写真の涼平は気弱そうで華奢な子供だ。雰囲気かぶってはいるんだけど。もしかして別人だとしてもなんのためにそんなことする必要がある? なりすまし詐欺?
 狙われてるとかストーカーとかそういう話を聞いたばかりだからか、どうしてもそっちに思考がかたよる。
「でもなあ、うそついてるような感じじゃなかったけどな。幼稚園のときのことなんておぼえてないから確認しようもないし」
「ま、危険が及びそうになったら木下さんが助けに来てくれるだろ」
「なんでそこに木下さんが」
「俺だったら木下さんを敵にまわしたくないな。火をつけたくない。あの人の本気モードはげに恐ろしいぞ。ディベートすれば『完封の悪魔』って呼ばれてたんだから。『朝まで生テレビ』に出演しても向かうところ敵なしだなおそらく。その涼平君とやらも気の毒に」
「へえちょっとかっこいいなその仇名。でもなんで涼平がかわいそうなんだ?」
「現時点の段階では、俺は涼平君より木下さんを推すね」
「だからなにが」
 ほんと、兄貴も木下さんも俺がわかんないことばっかり言うからヤダ。俺のこと馬鹿だと思ってんだろ。実際そのとおりだから反論できず口惜しい。
「木下さんにもらった草だって大事にしてるくせに」
「これは木下さんを倒すために育ててるんだ」
 負けじと俺も真剣にわけのわからんことを言ってみる。が、さくっと鼻で笑われておしまい。やっぱ悔しいっ。むきーっ!

 翌日、俺がバイトに精出してると涼平が遠くで手を振るのが見えた。コカコーラのCMにも使えそうなほどさわやかな笑顔って実在するんだな。思わず見とれた。
 学校帰りなのか制服姿だ。ものすごく偏差値の高いとこ行ってんだな。
「今話しても平気かな」
 そばに寄って来て、耳元で小声で言う。俺もこそこそと答えた。唇がようやくヒトの規格サイズに縮んだのでマスクをしなくてよくなっている。内緒話をするにはありがたかった。
「あと五分で休憩時間だから。それまで待っててもらっていい?」
 わかったとうなずいて涼平が離れていく。
 休憩に入り、俺はユニフォームのエプロンを取ると売場のちょっとひっこんだ目立たないところへ涼平を連れて行った。ここなら平気だろ。暑いから外出たくねーし。
 木下さんの姿を数メートル先に発見した。こっち見てる。なにかあったら助けてくれるって兄貴は言ってたな。じゃあ木下さんの視界に入るところのほうがいいか。よし。

20060718
PREV
NEXT
INDEX

↑ PAGE TOP