ふるふる図書館


第6話 トライアングルはあやしいにおい。3



「いつもご来店ありがとうございます」
 木下さんは如才なく挨拶した。あそっか、木下さんにとっては涼平は利用客なんだっけ、じゃあ、ストーカー疑惑なんてかけて俺を家まで送ってここで見張ってたなんてばれたらまずいじゃん。ぎゃあ。なんて俺は軽率なんだあいつもいつもっ。頭を抱えて道路をごろごろ転がりたくなる。
「こちらこそすみません。コウちゃんにつきまとうようなことして気がかりだったんでしょう」
 げ、やっぱりばれてた。俺は一介のバイトだけど、木下さんは責任ある正社員だ。立場がまずくなっちゃいけない、フォローしなくちゃ。
「えっいや、そうじゃなくってこの人は、えーと」
 でもここで下手に何か言えばまた墓穴掘りそうだし俺の頭はどーしてこんなに回転が鈍いんだっ!
「俺が全面的に悪いんだし、疑われても仕方ないよ。だからそんな必死にかばおうとしなくていいって」
 涼平がやんわりとさえぎってくれた。電柱の下に移動したおかげでようやく街灯の光で姿がちゃんと見えた。ふちなしのめがねをかけていて鼻筋が通っていて、知的で大人びた印象だ。私服のせいか大学生でも余裕で通りそう。その顔がにっこりした。
「コウちゃんたち仲がよさそうだな」
「そうかな、そーゆーのともちょっとちがうような。ねえ木下さん?」
「コウちゃん、俺帰るよ」
「あそうか、気をつけてな。もうこんな時間だし」
「次からはちゃんと付き合ってもいい?」
「あ、うん」
「よかったら今度お茶しようよ。携帯の番号とメアド教えて、後でまた店に行くから」
「来るのはいいけど本も買えよ」
「わかってる」
 涼平はまたくすりと笑い、「じゃあまた」と手を振った。木下さんにも律儀にぺこりと頭を下げていく。送っていったほうがよかったかな。でも木下さんをほったらかすわけにもいかない。
 涼平が俺に対する笑顔と、木下さんに向けたそれが微妙に異質だったのに少しひっかかった。でもまあ当然かあ。俺は同い年だし幼なじみだし。
「すみません木下さん、遅くなっちゃいましたね」
「何はともあれ無事でよかったじゃん」
 あれ? へらりとしているけど、いつもと少し様子がちがう? どうしたんだろ。暑いし疲れちゃったかな。申し訳ないことをしちゃった。木下さんだって一応生身の人間なんだし仕事帰りだスタミナも切れるわな。
「ねえ木下さん、好物あります? なんでも言ってください。お礼てかお詫びがしたいんで」
「お? なんでもいいのか? それはうれしいナリ」
「名前を聞いたこともないような外国の料理とかは自信ないですけど。木下さんって実家ですか、もし一人暮らしだったら俺食材持って作りに行きますよ」
「コーキ」
「はい?」
「コーキがいい」
「ケーキ?」
「俺の好物でいいんだろお? 体ひとつ手ぶらで空身でうちに来なさい、食材はお前だから。むしろ俺が腕によりをかけて料理しちゃるぞ」
 カニバリズムか? ハンニバル・レスターかデリカテッセンか? 思わずじりっとあとずさった。そ、そりゃ俺は日本製だけど自信ねえしっ。ってなんの自信だよ?
「お、俺はコーキじゃないです。しがない一羽の醜いアヒルの子ですって」
「アヒルだって食えるだろ。ひん剥いて煮るなり焼くなり」
 魔よけのお守りじゃねーのかアヒルくちばしは!
「どうしたんすか目が笑ってないです、木下さんらしくないですよ!」
 俺もたいがい失礼だな。
「けんかを売ってくるとはな」
「は?」
「あれは宣戦布告としか」
「え? なんのことですか?」
「でも唾つけたのは明らかに俺が先だし」
「なにをぶつぶつ言ってるんですか?」
「ひっひっひ、俺は幸い大人げないからな。たとえガキが相手でも全力投球するもんね」
「それはよーく知ってますけどいったいさっきからどうしたんです」
「木下さん。とそこのアヒル」
 気づけば兄貴が門のところに立っていた。今俺のこと取ってつけただろあからさまに。俺はおまけかついでか付属品か?
「静かに話さないと近所に筒抜けですよ?」
「兄貴、なんか木下さんの様子が変なんだけど」
「木下さんってかなり負けず嫌いなんだよ。つーことでお前も災難だなっていう話」
 全然わからんっ。ちぇえ、俺だけ蚊帳の外かよ? むくれる俺を眺める兄貴はひたすら楽しそうだった。

20060717
PREV
NEXT
INDEX

↑ PAGE TOP