ふるふる図書館


第6話 トライアングルはあやしいにおい。2



 俺の家に到着した。住宅街はすでに人の往来も絶えているような時間帯だが、俺は一応マスクをしてからドアに手をかけた。犯罪者みたいだな悪事なんてはたらいてないのにさ。むしろ被害者はこっちだよ。俺が犠牲者だよ。
「ちょい待て」
 木下さんが引き止めた。自宅の門の前に誰かがいる。ひょっとして……。
「もしかして、例の?」
「そーみたいだな」
 向こうはこちらに気づいているようだったが、立ち去る気配もない。
「俺、出ますね。ずっとにらみ合ってても仕方ないし」
 木下さんが再び制止するも、俺は緊張しながらも車を降りた。影に向かって近づいていく。相手は動かない。俺にじっと視線を送っている気配がする。
「コウちゃん?」
 若い声がした。コウちゃんって俺のことだよな。でもこいつ誰だ?
「やっぱりコウちゃんか。本屋さんで見かけてても確信が持てなかったんだ。苗字も忘れてたけど、名札を見てやっとわかった」
 ひたむきな口調で訴えかけてくる。どうもストーカーじゃないらしい。
「えっと。俺は思い出せないんだけど」
「うん。そうだろうね。だって幼稚園が一緒だったってだけだから。名前言ってもわかんないと思うけど、俺は大野涼平っていうんだ」
 オーノリョーヘー。
「涼平? リョウちゃん?」
「おぼえてるの?」
 びっくりしたらしい。俺だって自分がおぼえていたことにびっくりだ。字面を記憶するのは得意なのか、その人のことをすべて忘れていても、名前だけフルでおぼえていることがある。そのなかのひとつだ「大野涼平」は。こういうことに脳細胞を使ってっから学業さっぱりなのかな。
「俺、コウちゃんにずっと謝りたくて。コウちゃんに怪我させたから。でも父親の転勤で引越してコウちゃんとはそれきりになってそのうち忘れちゃって。高校に入るときこっちに戻ってきて、思い出したんだ」
「なんかされたっけ」
 首をひねった。
「俺さ、いじめられてたんだ。小学生たちに。助けてくれたのコウちゃんだった。それで、あごの下あたりを切っちゃって。すごくたくさん血が出てさ。傷跡が残ったらどうしようって気になってた。だから本屋さんでも、コウちゃんの顔ばっか観察してた。よく見えなくて、でも見せてくれなんて言えないから、何回も話しかけちゃって。コウちゃんは俺に気づいてなかったみたいだね。
 今日マスクしてるだろ。とうとう警戒されちゃったのかって不安になってさ。思い切ってコウちゃんの家に来たんだ。だけど人ちがいって可能性もあるから、コウちゃんが来るまでここで待ってようって思った」
 いやそれも充分あやしいだろ傍目から見りゃ。とツッコミ入れられるような雰囲気でもなく。
「そんなことあったっけ」
「ごめん。怪我は平気だった?」
「いいって、涼平のせいじゃないし気にするなよ。跡も残ってねえよ。ほら」
 涼平は絶句して固まってしまった。それでようやく気づく。自分の失敗に。なにうっかりぺろっとマスクはずしてんだよ俺はあ! 俺の顔がぼんと音立てる勢いで火を噴いた。それがまた駄目押しなんだ。せめて平然としてればまだしもなのにああ俺の大間抜け。
「コウちゃん……それって、やっぱりあれ、だよね?」
 俺よりはるかに察しがいいらしい。さすがに怪人アヒル男の呪いだなんて与太を飛ばす気にはなれなかった。涼平はくすっと笑った。
「そっか、コウちゃんってもてるんだ」
「これは事故! 罰ゲーム!」
 ああ馬鹿また余計なことを。
「彼女だろ?」
「そんなんじゃねーよ」
「ふうん、彼女いないの?」
 じゃあ彼氏なのかと聞かれてもちがうし困るんだけどさ。とここで木下さんのことにやっと意識がまわった。木下さんの車はまだそこに停まっていた。成り行きを見守ってくれてたらしい。都合の悪い話は逸らすに限るっ。忍法ごまかしの術!
「木下さん。こいつ俺の幼なじみでした。十年くらい会ってなかったからちっともわかんなくて」
 事情を説明すると、木下さんも外に出て俺たちに近づいてきた。涼平は木下さんを見てすぐに、つい先ほど接客された相手だと悟ったようだった。ほんと勘がいい。つか俺を基準にすると誰しもみんな天才なのかそうなのか。はあ。

20060717
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