ふるふる図書館


第4話 ティータイムにつまみぐい。3



「うん、うそ」
 ……へ?
「うっそぴょーん」
 ……うそぴょん?
 唖然とする俺の鼓膜は木下さんの哄笑に縦横無尽に揺さぶられた。
「あっははははははは。そんな顔したら認めてるようなもんじゃん。やっぱおもしれえなお前!」
 ひ、ひどいひどすぎるっ! 木下さんの馬鹿! 俺の間抜け! とんま! おたんこなす! どてかぼちゃ! 今度こそへなへなとうずくまってしまった。
「そこがコーキの可愛いところだぞ」
 上からぽんぽんと頭を叩かれた。真心あふれる慰めなんかじゃないのは火を見るより明らかだ。
「あーっ木下さん手を洗ってないんでしょ! 触んないでくださいよう!」
「ちゃんと洗ったよ? 洗面所で。ほら、『キレイキレイ』の匂いするだろ」
 鼻腔をかすめるは嗅ぎ慣れた我が家のハンドソープの香り。俺まんまとだまされてた。てゆーか、まんまとだまされるってとうに見抜かれてた。またもどっぷり沈没する俺。地殻もマントルもつっきってブラジルだかアルゼンチンだかまで到達しそーだ。いやいっそのことこのままブラジルまで逃避行したい。知らない町を歩いてみたい、どこか遠くに行きたいよ!
「ところでさ?」
 木下さんが膝をつき、顔を接近させてきた。
「な、何ですか」
 俺は条件反射でびくっと身を引く。琥珀色の目を細め、いたずら小僧のような笑顔で木下さんは俺の口もとを指でなぞった。
「はじめてだった?」
「うっ」
 あっさり言葉につまった。なんて馬鹿正直な。馬鹿で正直な。この正直頭にはきっと、神は神でも疫病神か貧乏神が宿っているんだっ。
「そーか悪いことしちゃったな。じゃあお詫びに、俺がしたことと同じことを俺にしていいぞ。遠慮せずに。ほれ」
「それ、全然お詫びになってませんからっ」
 俺は迫り来る木下さんをかわそうと、後頭部をしたたか流しの下の観音開きの扉にぶつけてしまった。目からきらきらお星さま。なんて「おもちゃのチャチャチャ」のメロディで歌ってる場合じゃない。
「い、痛え……」
「あはははは」
「そこで愛をたしかめ合ってるお熱いおふたりさん、ゼリーぬるくなっちゃうからお先にいただくよ」
「あっ梅、梅! 俺の梅ゼリー!」
 木下さんはたんこぶを押さえて呻吟し涙ぐんでる怪我人をぽいっと放り出して走り去った。薄情者! 誰のせいだと思ってるんだ。俺より梅ゼリーを取るのかやっぱりアンタはそーゆー人だよっ。
 木下さんと兄貴は俺をまったく気にすることなく、とっととおやつタイムを楽しんでいる。
 兄貴ときたら何事もなかったような態度だけれど、一部始終を見ていたんだと遅ればせながらようやく気づき、俺は羞恥で悶死しそうになった。そういえば、木下さんがトイレに行くときにした兄貴のあの顔つき。あれは「馬鹿だなあ、墓穴掘るようなこと言って」という思考の表れだったにまちがいない。
 だったら先に教えてくれればいーのにっ。おもしろいから口をつぐんでいたにきまってる。
 ああああ。木下さんも兄貴も嫌い、だいっきらいだあー!

20060711
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