ふるふる図書館


第4話 ティータイムにつまみぐい。1



 俺の定期を届けに来てくれたお礼を兼ねて腕をふるった昼飯をぱくぱく平らげ、食後のお茶もごくごく飲み、それでさっさと暇を告げる木下さんではなかった。
 あれこれおしゃべりに花を咲かせているうちに(もちろん俺でも兄貴でもない、木下さんが一方的に百花繚乱咲かせているだけだ)、「新婚さんいらっしゃい!」も「パネルクイズアタック25」も終了し、おやつの時間に突入。トーク耐久フルマラソンか。そもそも俺と木下さんがプライベートで長い時間ともに過ごすことなんてめったになかったから、まさかこれほどまでとは思わなかった。世の中びっくり人間がいたもんだ。すでに芸の域に達している。身を助けるのかしんないけれど。
 お菓子を用意するのも言わずもがな俺の役目である。いちいち疑問を差しはさむと哀愁が心に忍び寄るのがわかりきっているので、余計な自問自答はしないことにする。それくらいの賢さはあるつもりだ。一文の得にもならないけど。うう。
 冷蔵庫をのぞいたら、フルーツゼリーの詰め合わせが入っていた。そういえばお中元で送られてきてたっけ。これにしよう。
「どれがいいですか? えーと、ぶどうとりんごとオレンジと、あとなんだろ、梅かな」
「あー、俺梅がいい! 梅! 梅!」
 木下さんが高らかに宣言する。右腕から指先までぴんと伸ばして挙手をして。小学生か?
「兄貴はどうする? 梅ゼリーだったら一個しかないから、木下さんとじゃんけんでもしてよ」
「いや俺はなんでもいいけど」
「そんなこと言ってアズサちゃん、ほんとは梅狙いだったんじゃねーの? 梅は渡さんぞ死守するぞ」
 びしいっと兄貴の鼻先に指をつきつける。
「いや、ほんとなんでもいいですって」
 そこまで言われちゃ、たとえ梅が食べたくても正直になれないよな。まったく、社会人が学生相手に大人げない。
 俺が用意をしている途中で、木下さんがトイレに立った。話しまくるからのどが渇いて、お茶をたくさん飲むから回数が増えている。
「つまみ食いすんなよっ」
 欠かさずすかさず釘を刺していく。
「しませんよそんな食い意地の張った真似なんか。そこまで所有権を主張したいなら、唾でもつけといてください」
 そう答えた俺の目を一瞬だけ真顔で見て、木下さんはリビングを出て行った。
 なんだ今の。
 兄貴はなぜか笑いをかみ殺すような、同情するような複雑な表情をしていた。

 先に食べ始めるとへそ曲げるんじゃないかと思って、俺と兄貴はちゃんとゼリーとスプーンを前にリビングのソファで待っていた。戻ってきた木下さんに念のために聞いてみる。
「ちゃんと手は洗いましたか?」
「ん? あー忘れたー」
「台所でいいから洗ってくださいよ」
 リビングとキッチンの間にはさえぎるドアも壁もないから、木下さんがそっちに向かっていくのを座ったまま見守っていたが。
「これどうやったら水出るんだ?」
 ああじれったい。俺は立ち上がって木下さんのそばに寄り水道のレバーを押そうとした。
「こうです」
 と言おうとして、声が出なかった。
 口がなにものかでふさがれている。ついでに視界も。
 唇に柔らかくてふんわりあたたかい感触があった。しかもなんだか動く。
 逃れようにも、俺の体ははさまれていて身動きできなかった。流しと、木下さんの体にサンドイッチにされていて。俺はハムかレタスかトマトかゆで卵か? ん? 木下さんの体? え? ええ?

20060711
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