ふるふる図書館


第3話 ランチタイムはなさけない。2



「なんだようめーぞこれ!」
「ただのチャーハンとスープですよ?」
「お代わりしていいか?」
「足りなかったら俺のも食ってください」
「いーのか? やたっ!」
 遠慮などおくびにも出さずにもりもりがつがつはぐはぐと幸せそうに食べる木下さん。ダイニングテーブルの向かいでその顔を見つつ、いったいいつまで育ち盛り食べ盛りなんだ、と呆れはするもののまんざらでもない。
「木下さん、ほっぺたについてますよ、お弁当」
「ん? どこだ?」
 指であちこちこするがヒットしない。
「ほら、ここです」
 俺は木下さんの頬にひっついてたゴハン粒をつまんだ。うげ、つい新妻みたいなことをやっちまった。
「お、さんきゅ」
 この指先のゴハン粒をどうすりゃいいんだ。ええい食っちまえ。と口に入れたあとに気づいた。ますます墓穴掘ってねえか俺。
「料理うまいなあ、お前」
 手放しに称賛されるとうれしい。ついつい口がにんまりほころぶ。
「よかった、俺その道に進むつもりなんで」
「つーとコックさんか?」
 幼稚園児みたいな可愛い言いまわしをするなよ二十五の男が。せめて調理師と言ってくれ。
「俺んとこ来いよ、嫁に」
「……はあっ?」
 びっくりした拍子に、口の中のゴハン粒がもろに鼻の中に入った。めちゃ痛え。涙目になってティッシュで鼻をかむ。
「そんなに感動したか、むせび泣いて」
「泣いてませんっ」
 憤怒だか羞恥だかゴハン粒の痛みだか原因不明の赤面で、木下さんにガンを飛ばすも屁でもないご様子だ。そんなに俺の眼力はへなちょこか。
「プロポーズされて怒るやつはいないと思うぞ」
「相手によります! つか、マジでプ、プロポーズなんですかそれは!」
「俺が冗談でこんなこと言える人間だと思うか」
「思います」
「昨日十八になったんだから結婚できるだろ」
「何歳だろうが、男同士の結婚は現代日本の法律では認められていないんですっ」
「そうかあ、木下さんが俺の弟になるのかあ。ちょっと複雑だな」
「兄貴まで変なことゆーなっ」
「俺は別にかまわないけど? 偏見持ってないつもりだし、親父と母さんには俺からも説得してやるよ。公葵を気持ちよく嫁に出してやってくれって」
「当人の意向を無視して説得すんなよ!」
 アンタらおもしろがってるだろ。くそう、ふたりして年端もいかないイタイケでケナゲな少年をいじめやがって。まちがいなくグルだ。俺を陥れようとして共同戦線を張ってるんだ、いつのまに手を結んだんだ同盟を結成したんだ徒党を組みやがったんだっ。 「てゆーか、なんで俺のほうが『嫁』なわけ? 料理ができるからってだけで女?」
「それはさ年功序列ってやつだよ。いーじゃん俺たちの間にエアプラちゃんという可愛い子供も授かったことだし」
「産んでないでしょ!」
「あーっそーやって血のつながりにこだわるなんて心せまーい! 信じらんなーい」
「葉緑素で光合成ができる子なんてもとより俺たちの子じゃありません!」
「草だからといって差別するな、みんな宇宙船地球号の大事な乗組員だぞっ」
「さ、差別なんかじゃ」
「形勢不利だぞ、公葵。観念して嫁に行け。よかったな次男に生まれて」
 俺はどっと徒労感と疲労感に見舞われた。何言っても木下さんに一矢報いることなんてできねえ。ついでに兄貴にも一生かなわねえ。これが兄や姉を持つ下の子の運命なんだ。幼少期から、上の子を超えていくことあたわずという理不尽な刷りこみがなされるんだ。たとえ身長や頭で上回ることがあっても、奥深くに根づいた幼児体験を消すことなんかできやしねえ。上の子に生まれた人間には一生わかんねえよっ。
 なぜか胸の奥底にくすぶっていた兄貴コンプレックスにまで飛び火し、俺は脱力状態で席を立った。
「お茶入れてくる」
 とぼとぼとシンクに向かい、ふたりに背を向けて急須や湯のみを用意した。
 こんなオープニングかよ俺の十八歳って。ああ情けない。いたたまれずに逃げた自分がいちばんみっともないや。でもさ木下さんは兄貴と馬が合いそうだから俺のいる場所なんかないしさ。子供のころから、可愛いってちやほやされんのも頭がいいってほめられんのもかっこいいって女子にきゃあきゃあ悲鳴を上げられんのも、全部兄貴のほうだったんだ。俺じゃないもん。

20060709
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