ふるふる図書館


第3話 ランチタイムはなさけない。1



 木下さんは、俺へのプレゼントであるところのエアプランツに、嬉々として水を与えている。シュッシュッという霧吹きの音とでたらめな鼻歌が絶妙なハーモニーを生み、俺の部屋のBGMと化していた。不協和すぎる心休まらないBGMもあったもんだ。
 そんなにほしいなら自分でも買えばいいのに。まさかこれから頻繁にうちに来るつもりじゃないだろーな。待てよ、エアプランツは口実で、実は俺に会いに? いや、俺の家に来る理由作りでこんなプレゼントを? って、んなわけあるか俺の馬鹿! 俺の乙女男!
 玄関のドアの鍵が開く音がした。誰か帰ってきたらしい。階段をとんとん上がってくる足音がそれに続く。
 開けっ放しの俺の部屋の入口から、兄貴の顔がのぞいた。
「公葵、友達来てるのか?」
「おじゃましてまーす」
 木下さんがへらっと挨拶する。兄貴の、毛抜きと鋏による手入れを朝晩欠かしたことのない、たゆまぬ努力を裏切らない美々しい眉が寄せられた。
「木下さん、ですか?」
 ぬ? 知り合い?
 兄貴の話によると、大学間をまたいだなにやらの交流で数回顔を合わせたことがあるという。木下さんは、首をひねって兄貴の顔をまじまじ観察した。
「うーん、思い出せるよーなそーでもないよーな」
 そういう返しをするってことは確実に、すがすがしいほどきれいさっぱり忘れているにきまってる。
「俺、木下さんに『アズサ』って呼ばれて『あずさ2号』を熱唱されたんですよ小一時間、しかもサビだけ」
 うわっ、想像しただけで気が滅入る光景だ。
 兄貴の名前は、宋梓と書いてソウシと読む。あーいかにも木下さんのやりそーなことだよな、と学生時代の木下さんを知らないけれど膝を打たんばかりに納得する俺。さすがの木下さんも、面識がさほどあるわけでもない他校の年下の大学生をこけにして歌を歌いまくった失礼千万な記憶はよみがえったらしい。
「あーあのアズサちゃんか。桜田兄だったのか、小気味いいくらい似てねーなお前ら」
 そのとおり、一目で俺たちを兄弟と見抜いた人間はほとんどいない。兄貴はきれいに伸ばした髪をきれいに金色にしているわ、ブルーのコンタクトをはめているわ、耳にはピアスがいくつも行儀よく前へならえで並んでいるわのイケメン系、つか王子様系? それでいながらめっぽう学力にも秀で、本邦最高峰の大学院に通うご身分だ。外見もおつむも俺ときっぱり正反対。
「へー、アズサちゃんにアオイちゃんかーなるほどねー」
「で、なんで木下さんがここにいるんだ」
 兄貴はご本人をさしおいて俺に聞く。さすがは賢兄、望む回答を要領よく得る方法を見抜いておいでだ。ま、誰でもわかるか。
 俺は木下さんとの関係および木下さんの来訪目的を簡潔に述べた。それにつられて、ついさっきまでの出来事が、否が応にも鮮明に俺の脳裏にフラッシュバック。息はずませて頬赤らめて瞳うるませてそこのベッドに横たわって木下さんの手を握ってたんだあまつさえ胸に手をおしつけさせてあれじゃ色仕掛けで誘ってる女の子そのものじゃねえかうぎゃああああ! キモっ! 俺キモイ! 猛烈にキモイぞ俺!
「公葵?」
 不思議そうに兄貴が問うので急いでごまかす。
「あ、あのさ兄貴、昼飯食ったのか?」
「いや、まだ」
「じゃあ俺、適当に作る。木下さんも食べて行きます?」
「おー、食う食う食う」
 クークークーって、「遠い海から来たCOO」かよ。って古すぎだ。やばい。体が前のめりに倒れそう。このツッコミの冴えなさはショックから立ち直ってないなによりの証拠だ。こんなときは料理をして心をなだめるに限る。
「いつも炊事係なのか、アオイちゃんは」
「アオイちゃんはやめてください」
「じゃあコ」
「それも却下!」
 みなまで言わせてやるもんか。木下さんの食事にハバネロでもまぜてやろーかと一瞬本気で考えた。

20060709
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