ふるふる図書館


第2話 ドリームはもうみない。1



 十八歳の誕生日にファミレスで晩飯をごちそうになった俺は、木下さんの車で家まで送ってもらうことになった。
「お前んち、門限ある?」
「常識の範囲内ならかまわないと思いますけど」
 俺がそう返事すると、寄り道していくと言う。到着したのは羽田空港だった。吹き抜けが大きく広々とした建物はわくわくする。
「誰か送迎でもするんですか?」
 俺の質問に、先に立って歩いていた木下さんはぷっと吹き出した。なんだよ、と首をひねっているうちに、展望デッキに到着した。ガラスドアをあけて外に出る木下さんに続く。
「うわあ!」
 俺は感嘆の声を上げてしまった。離陸する飛行機、着陸する飛行機、遠くに広がる夜景、それらの明かりがきらきらと幻想的だ。柵に寄って身を乗り出した。
「やっぱ成田より羽田だよな。成田は田舎で光に乏しい」
 隣で木下さんがえらそうに決めつける。
「へえー、こういう場所があるんだ。全然知らなかった」
「そんなによろこばれると照れるな」
「これを見せるために連れてきてくれたんですか?」
「まーね」
 木下さんを見ると、顔をのぞきこまれた。だからね、物理的距離が近いよ? それにしてもさっきからずいぶんおとなしいな、しゃべり疲れるなんてことあんのかな、口から先に生まれたこんな鉄人でも。
 俺の目からしばらく視線をはずさない。表情はとんでもなく真剣だ。いつだってへらへらウキウキゴキゲンなくせに。いまだかつてこんな真面目な木下さんを見たことがあっただろうかいやない(反語)。
「まだ、ちゃんと言ってなかっただろ」
 かかる息がこそばゆい。
「誕生日おめでとう、公葵」
 うっわ、どうリアクションすればいいのかわからん。ジャンボジェットが一体、轟音とともに飛び立っていった、ありがたいことに。それがなければ、俺の鼓動が聞こえてたんじゃないのか。
「なんで、俺の名前呼ぶんですか」
 あわてて夜景を向いて、ぶっきらぼうに聞いた。
「いつだって頭の中にあるよ。お前の名前も、誕生日も。ずっと前からさ。だから、今夜予定空けといたんじゃん。でもさ、なかなかちゃんと誘えなくて」
 だ、か、ら! そういう声でそういうこと言うのやめろよな! 木下さんの顔を正視できん。
 木下さんが笑う気配がした。なんだか大人な感じで。
「赤くなってると可愛いぞ」
「あ、赤くなってないし可愛くもありませんっ」
「めちゃくちゃ体温上がってるくせに。だって今、お前のブルガリの匂いが強くなったもん」
 なんてこと言ってくれちゃったりするんだよ! 破廉恥な人だな!
「ひゃあ!」
 俺はびっくりして突拍子もない声を立ててしまった。木下さんが、いきなり首筋に鼻を寄せたせいで。
「だいぶ匂いうすまっちゃったけどな」
「くすぐったいですって!」
 精いっぱい抗議の声と顔を作ったけど、
「それで怒ってるつもりなら、残念ながら逆効果だぞ」
 無駄かよ。つか、逆効果ってなんだよ。
 俺ははっと恐ろしい事実に気づいた。
 まわり、カップルだらけじゃね……?
 肩寄せ合ってる男女の二人組ばかりだ。こっちは男どうしの異色のペアだが、自分たちの世界に浸りきってるのと暗いのとで、気にしたふうもない。
「怒るともっと可愛くなる。だからついついからかっちゃうんだよ。公葵」
 木下さんの指が、俺の髪をさらりと梳いた。
 えっえっえっ、ちょっちょっちょっ、ちょおっと待て。タンマタンマタンマっ!

20060707
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