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そのサイトは、ぱったりと更新がとだえたままになった。
インターネットで、自作の小説を公開していたサイトだ。
「幸福な本棚」というタイトルの作品を、珍しくあとがきなんて添えてアップしたきり、なりをひそめてしまった。
サイトの管理人は、日比野ひびきという名前ではない。「日比野ひびき」が運営していたような、アクセス数が多い小説サイトでもなかったし、ジャンルもすこしちがっていた。
にもかかわらず、この話に登場する、「日比野ひびき」というハンドルあるいはペンネームを持つ「慶」という人物は、作者自身じゃないのかという思いが捨てられなかった。
管理人は、自分のプロフィールをあまり公にせず、性別さえも、正式に発表してはいなかった。
しかし、プライベートなことはブログに少しだけ書いていて、その断片的な情報と、「慶」の設定はかなり一致していた。
書き手と登場人物が同じだと勘ぐるのは、無粋で野暮だとわかっているけど。
なんだか、「幸福な本棚」は、いつものあの人らしい書きかたとは、まったくちがっていた。
きちんと練られていないプロットを、そのまま連ねていったような感じだった。
まるで、自分の体験談と心情を吐露するかのようだった。
だったら、「尋」も実在するのだろうか。
もしかしたら、昔のように、こころやさしい子供向けの話を書いたりしているのだろうか。
もしかして、このサイトで読んできたような小説は、もう書かなくなってしまったかもしれない。
活動場所もまったくちがうのかもしれない、表立って作品を発表することなどなくなってしまったかもしれない。
それはほんとうに残念なことだけど。
とてもいいことなのだろう。
もしも、あの人が満足しているのなら。充実しているのなら。解放されたのなら……。
photo:mizutama