第一章 いなくなったあの子
photo:mizutama
いつでも、歌がきこえていた。
からだの奥底から、絶え間なく。
いつからかわからないほど昔から、自分の中にあの子は住みついていた。
あの子の歌を感じることはまるで、呼吸をするみたいに自然なことだった。
失う日が来るとは想像したことさえなかった。
それなのに、歌はもう、どんなに耳を澄ませても、今は途切れ途切れにしかきこえない。
それなのに、悲しみもおぼえない。
悲しみをおぼえないことに悲しみを抱くこともない。
かつては、あんなに一緒に歌っていたのに。無心に、無邪気に。
毎日の生活で、あの子への想いはすりへらされていく。
それをさびしい、悲しいと思う気持ちも、忘れていく。
あの子は、今も変わらず歌っているはずなのに。
あの子と、今も変わらず歌っていたいはずなのに。
歌いたい歌が見つからない。
歌いたいという気持ちもいつか完全に消えてしまうのかもしれない。
あの子はたくさんいて、新しいあの子にも何人か出会った。
でも、みんな、一心同体のように昔なじみの「あの子」とはちがっていて。
あの子は、なかなか、会いにきてくれない。
あの子は、もう、あらわれない。
20051010, 20070906