第一章
むかし、むかしのおはなしです。
寒い寒い冬のさなかでした。雪が、羽毛のようにひらりひらりと空から降りしきっておりました。
お城では、おきさきさまが、黒檀の枠のはまった窓ぎわにひとりで座って、ちくちくと縫いものをしていました。
一国の王妃たるもの、めったに縫いものをすることはありません。これには、理由がありました。
おきさきさまは子どもを産むことができない体だったのです。ですから、こんなふうに、子どもの服をととのえる必要など、ほんとうはないのです。
それでも、おきさきさまは、けっして生まれてくることのない子どものために、ひっそりと縫いものをするのでした。
しんしんと雪が舞い、おきさきさまの気持ちもふさぎこんでおりました。
美しい景色をながめてせめて心をなぐさめようと、窓の外へと目を移したときに、つい、針の先でちくりと指先を刺してしまいました。
赤いしずくが、ぽたぽたと三滴したたりおちました。
白い雪との色合いが、それはそれはみごとだったものですから、おきさきさまはこんなことを思いました。
「雪のように真っ白な肌、血のように真っ赤で美しい唇と頬、この黒檀の窓わくのように黒い瞳と髪をした可愛らしい子どもがいたら、どんなにいいだろう」
一度声に出すと、矢もたてもたまらなくなるものです。
おきさきさまは、お城にある研究室にとびこみました。
人工生命学の権威であるおきさきさまは、自分の研究室を持っているのです。
おきさきさまは、七日七晩寝食を忘れて閉じこもり、新しい生命を生み出すことに没頭しました。
心配した家来が、研究室のとびらをあけますと、そこには、見たこともない赤子と、倒れ伏したおきさきさまの姿がありました。
おきさきさまは亡くなっていました。
無理がたたったのだと、王さまはひどく嘆きかなしみましたが、しばらくたちますと、別のおきさきさまをのちぞえに迎えました。
新しいおきさきさまは、まだ少女といってもさしつかえないほど若く、非常に美しいひとでした。
ことあるごとに、鏡をのぞいてはこう言いました。
「鏡や鏡、壁の鏡よ。誰が世界で美しいのか、教えておくれ」
すると鏡は、きまってこうこたえるのでした。
「おきさきさま、あなたが世界でいちばん美しい」
それを聞くと、おきさきさまは力なくうなだれてしまいます。この鏡がけっしてうそをつかないことを知っていたからです。
王妃のうつわでないのに、意にそまぬ婚礼をしいられたのは、ひとえに、面食いの王さまのたっての希望だからなのでした。
赤子は、雪のように白い肌と、血のように赤い唇と頬、黒檀のように黒い髪と瞳をしていたので、白雪王子と呼ばれておりました。
すくすくと成長し、七つになったときには、かがやくばかりの美しさになりました。
継母のおきさきさまよりも、はるかに美しくなったのです。
おきさきさまは、鏡の前に立ってたずねました。
「鏡や鏡、壁の鏡よ。誰が世界で美しいのか、教えておくれ」
鏡はこたえてこう言いました。
「おきさきさま、ここではあなたがいちばん美しいかた。
でも、白雪王子はあなたの千倍美しい」
おきさきさまは、それをお聞きになると、うれしさで赤くなるやら、おどろきで青くなるやら、かなしみで黄色くなるやらしました。
おきさきさまも、継子とはいえ、王子さまのことをたいへん深く愛していたのです。あんなに可愛らしい子どもを、誰が愛せずにいられましょうか。
ですが、これでは、晴れて自由の身の上になれるわけではありません。
それどころか、今は公務と執政に忙しくとも、王さまがいつ王子さまの美貌に目をつけ、不埒なおこないにおよぶかもしれないと、心配のあまり心はちぢに乱れるのでした。
ほどなく、おきさきさまは心を決めました。
孤独なたたかいをはじめることを。
その日以来、かたときも離れず、王子さまのそばに寄り添う姿が、お城でいつも見られるようになりました。
「やはり、若いおきさきさまは、あんなに年上の王さまよりは、若くてお美しい王子がお気に入りなんだて」
口さがない家来たちの流言蜚語にもじっと耐え、王子さまを守るのだという義務感でもって、みずからを励ますのでした。
もちろん、家来の誰にも、王子さまにさえも、王さまへの疑惑を隠し通しました。
つらさのあまり、枕をしとど濡らしながら眠りにつくことさえありました。