ふるふる図書館


おかわり12 トリート・ユー・ベター 2




 ショップに並んでいるグッズも、ハロウィン限定仕様だった。これくらいなら、俺でも恥ずかしがらずに直視できる。今回のディズニーランド行きは、木下さんがすべてお膳立てしてくれたものだ。俺でも楽しめるようにという配慮でこのシーズンにしたというんだろうか。
 経験値の差がありすぎて、さりげなくて、スペック高すぎて、スマートすぎて、ムカツク。
 いくつもぶらさがっていたミッキーを手に取った。ぬいぐるみバッジというのか。現在のとちがう、レトロなキャラデザ。けっこう好きかも。吸血鬼みたいな黒いマントをつけているミッキーは、モノクロでシックだ。このテイストなら、俺が持ってても大丈夫かな? いや、買わねーけどっ。記念品とかいらないし。このあこぎな価格設定、うかれた人々の財布の紐がゆるむのを狙ってやがる! 絶対その手に乗るもんか!
「へー。よく見ると個体差があるな。つくりも微妙にちがうし」
 ひょっこり覗きこんだ木下さんが指摘する。これがいちばんいいかな、と無造作にひとつつまんだ。
「そうですか? うーん、俺だったらこいつですね」
「その子でいいの? おっけー」
 木下さんはふたつを持ってすたすた歩いて行ってしまった。あっけにとられているうちに、会計をすませて戻ってきた木下さんがにっこりしながらかたっぽを「はい。お前の」と俺に差し出す。俺が選んだほうだ。そんなに物欲しげにしてたのかよ、と自分の態度を悔やんでいると、
「いーの。俺がお前とおそろいしたかったの」
 二体を自分の顔の前にかざし、ミッキーの声色使ってぬいぐるみの手も動かしつつ人形劇を始めた。
『僕、コーキのところにもらわれて行くんだ』
『えーずるい僕もコーキのとこ行きたいー』
『でもコーキに選ばれたの僕のほうだもんねー』
『じゃあしょーがないなー。僕が木下さんのところに行くよ』
『でもコーキと木下さんは仲よしだから僕たちいつでも会えるよ』
『そうだよねー。仲よしだもんね。こんなふうにね。ちゅっちゅっ』
「ぎゃあああっ! なんなんですかやめてくださいこんな茶番!」
 木下さんによっていちゃいちゃさせられている二体の片割れを光の速さでぶんどった。
 ……あ。受け取ったことになってしまった。
 そんな経緯だったのに、数分後には、俺と木下さんのバッグにそれぞれ、ミッキーがぶら下げられ揺られる事態となっていたのだった。
 このサイズであの値段かよ……。小さい。このまま別れて電車に乗っても気づかれないかもしれない。誰にもわからないかもしれないけれど……おそろい、だ。初めての経験なんだけど、この人はわかってるのかな。
 俺ばっかり、初めてをこの人にもらってる。

 日が落ちて、ひやりとした風が吹き始めた。埋立地の海っぺりは冷えこみが厳しい。明日は休みだけど、帰るのは非日常が終わってしまうようで少しわびしい。何時の電車に乗るのか木下さんに聞いたら「今夜は帰さないよ?」とドラマみたいなくっさい台詞をけろっと吐かれた。
「実は、ディズニーホテルを予約してあるのです! じゃーんっ!」
「え、ちょ、なんでですか」
「だって、デートだもん」
「は? いやだから。なんで」
「たまにはいいじゃん」
 言葉は軽いのに、表情と声は柔らかくて優しくて、キラキラした光に照らされたそのレアな姿を見たい気持ちと、居たたまれなくて視線を伏せたい気持ちの板挟みになって、俺は忙しく目を上げたり下げたりした。空気ではなく実体を持った冷たいものが、ぴと、と俺の赤面に触れる。
「わ、あったかぽっかぽかだ。歩く湯たんぽだ」
「う、人を暖房器具扱いしないでください」
「うん。そんじょそこらの湯たんぽより優秀だよね、さめないし。今夜は俺のおふとんに入れてあっためてもらおっと」
「はあ?!」
「あ、湯たんぽってね、妻の代わりに抱いて寝て暖を取るっていうのが語源らしーよ」
「ぎゃああもおおおやめて黙って」
 いらないからそんないつからも使えないムダ知識。

「ベッドがふたつあるんだから、それぞれのふとんに寝ればいいじゃないですか。もったいない」
 正直、メルヘンでファンタスティックな部屋で不埒な行為に及ぶ気にはとてもなれない。草葉の陰で、ウォルト・ディズニーが悲嘆に暮れるんじゃないか。
「えー。俺専用の湯たんぽが俺を拒否るー」
「いつからアンタ専用になったんです」
「ちがうのー?」
「誰のでもありませんし」
「そっか。わかった。じゃあ俺がお前専用の湯たんぽになる!」
 言うが早いが、俺の腰掛けていたベッドにするっと潜りこんでしまった。どっちも湯たんぽなのおかしいだろ……。で、結局俺も同じふとんに包まれてるのなんで。
「さあさ、ご主人さまを誠心誠意この湯たんぽめが温めてあげますね。んしょんしょ」
「うわ、こそばいって! 湯たんぽは黙ってじっと寝ててくださいよっ」
 すると木下さんは動きをとめ、言葉もとめた。あ。きつく言いすぎたかな。背中を向けたまま俺がひそかにドキッとしていると、耳元でしおらしく言われた。
「せめて、頭撫でてもいい?」
 色気もムードもなく怒鳴ってしまった負い目もあって、俺がこくこくうなずくと、手が俺の後頭部を上下した。シャワーを浴びたせいか、昼間さんざん遊んだせいか、ふたりで同じ寝床にいて暖かいせいか、適度に明かりを落としてあるせいか、はたまた癒し効果なのか。とろとろ眠たくなってきた。上下のまぶたがくっつきそうだ。
「公葵。今日は、ありがと」
「んん……? それは、俺が言うことでしょ?」
「俺が、やりたいからやってんだよ」
「うそ……。似合わないもん。木下さんが、普通の人みたいなこと、したがるの」
 ド定番のテーマパークに遊びに来て、アトラクション乗って、ポップコーン食べて、パレード見て、記念におそろいのグッズを買って、身につけて、ホテルに泊まって。そんなの、木下さんじゃ、ないみたい。だから。
「俺のため、ですよね」
 多くの日本人にとって王道でメジャーでオーソドックスで人並みな遊びを、まともに経験したことのない俺のため。
 ああ、木下さんが過去に誰とディズニーランドに来たことがあるのかなんて、どうでもいいことだ。
「お前のためが、俺のため。俺のためも、俺のため」
 ジャイアンみたーいなんて自分にツッコミ入れて笑うから、俺までつられて吹き出した。肩をそっとつかまれて後ろにひかれて、俺は自然にころんと木下さんのほうに寝返りを打ってしまった。
 顔、近っ! と思いはしたけど、また頭を撫でられて、胸の奥がふんわり毛羽立つ。
「今日、楽しかった?」
 抜き打ちの低音ボイスでささやかれて、うっかり「うん」とうなずいてしまう。
「あは、素直だね」
 だって眠すぎて、ぼうっとして、ふわふわするから。そんな言い訳を口に出さずに重ねてみたところで、ほっぺたが熱くなるのを抑えようもなかった。
 口にやわっこいものがほわんと触れた。そんな意図で目を閉じたわけじゃないんだけど。という反論をまたも胸のうちでだけしていたら、意識を完全に睡魔に持っていかれていた。

20161105
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