ふるふる図書館


第23話 ウェイト・アンティル・ダーク wait until dark 2



 今日の俺のシフトは遅番である。出勤は、太陽がじりじり容赦なく照りつける時間帯だ。電車通勤とはいえ、この灼熱の攻撃を完全によけることはできない。
 中番ですでに店内に入っていた木下さんが、俺の姿を見て「おー、おつかれ」と挨拶する。ふつうだ。
「顔真っ赤だな。暑かっただろ」
「や、大丈夫です」
 赤面は、気温が理由だけなのかわからない。今朝、顔を合わせたときには非日常の続きだったが、こうして日常に戻ってしまうと完璧に我に返ってしまい、改めてじわじわと恥ずかしさやら照れくささやら気まずさやら居心地の悪さやらが襲ってくる。
「まだ時間早いから、少し休んでな」
 すすめられて、俺はスタッフルームに逆戻りした。中途半端に早く来たので、部屋には誰もいない。ひとりだ、と気づいた瞬間、なんだかひどく手足が震えて、床にしゃがみこんでしまう。
 あの人を前にこんなに緊張していたんか、馬鹿か俺は、と自分を叱咤した。しばらくほうけていたが、時間が来たのでなんとか立ち上がり、よろける足を踏みしめて出て行く。膝はかなり大笑いしているが、俺はちっとも楽しくない。
「熱中症になってないか。無理するなよ?」
 売り場に再び入った俺に声をかけてくる木下さん。ふつうだ。だから俺も持てる最大限のふつうさを発揮して応える。
「俺、夏に強いんで平気ですよ。水分も塩分も摂ってますし」
 そこであるものが足りないことに気づいた。わかった、木下さんが俺に近づこうとも触れようともしないんだ。こんなとき、おでことかほっぺたとか触ってきそうなものなのに。
 ちょっとだけもやもやするので、俺はなるべく今日は木下さんを視界に入れないでおこうと決意したのだった。

「コウちゃん、今日も精が出るね」
 陳列の乱れた本をきれいに並べ直していると、その名のとおりの涼しげな声音と佇まいとともに、涼平が笑顔で近づいてきた。急になにかがほどけて、俺の顔も綻んでしまう。
「久しぶりだね、コウちゃんちょっと日焼けした?」
「マジ?」
「ほら、けっこう黒いよ?」
 涼平が俺の横に並び、半袖の腕をぴったりくっつけてきた。体をずっと動かしていた俺とちがって、涼平の肌はひんやりとして気持ちがいい。
「だって涼平、もともと色白じゃん。俺なんかどこにも行ってない、ただの通勤焼けだよ」
 気がねなくしゃべれる友達に会えて、俺は疑いようもなく浮かれていたらしい。
「そうだ、今度、ナンジャタウンにアイス食べに行かね? ご当地アイスがいっぱい売ってんだって。一度行ってみたかったんだよね、あそこの『アイスクリームシティ』。バイトに明け暮れて夏が終わりそうな俺に付き合ってくれない?」
 俺が屋内型テーマパークの名前を出すと、涼平は小首をかしげてくすっと笑った。
「そこまで行って、アイスだけ食べて帰るの?」
「いや、アトラクションとかあるし。むしろそっちメインでいいし」
「うん。コウちゃんとならどこでもいいけど。コウちゃんとそういうところ遊びに行ったことなかったね。誘ってくれて嬉しい」
 涼平がにこにこした。
「あ、と、今は仕事中だね。休みの日、あとでメールして。俺はコウちゃんの都合に合わせるから」
 じゃあね、楽しみにしてるね、と手を振って去っていく涼平に手を振り返して見送って、ふと、遠くに視線を感じた。木下さんに見られていたらしいとわかって、真顔に戻る。その結果、たったの今まで自分がいかに満面に笑みをたたえていたか自覚することになった。
 仕事中にしゃべってすみません、という意味をこめてぺこりと小さく頭を下げる。木下さんは、うなずき返したともなんとも言えない微妙な仕草をして、そのまま歩いていってしまった。よかった怒られなかった。休憩に入ったら、シフト表を確認してすぐにメールしよっと。

20150810
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