第10話 リトル・アバブ・アベレージ little above average 3
海老ドリアを平らげるころ、里美さんは肩をすくめるようにして、軽く握った手を口元に当てていた。
「桜田君、ずっと『木下さん』って人の話しかしてないよ?」
「え」
俺のフォークが空中で停止した。面識があるからよいかと踏んだのだったが、よく知りもしない人物の話題は退屈だっただろうか。
うーん。だけど。
「ほんっとにおもしろいんですよ、木下さんは。見てて全然飽きないってゆーか、歩くネタのデパートってゆーか」
からあげが刺さったままのフォークを振りながら力強く訴えた。残念ながら木下さんのおもしろさが伝わらなかったのは、俺の話術がつたないせいだ。
今に始まったことではない。俺とまわりの人とは常に温度差がある。
バイトの先輩たちに「さっき木下さんがこんなことをしてましたよ」と話してみると、調子を合わせてはくれるのだが、俺が予想していたよりもリアクションが薄いのはままあることだった。
おっかしいな、と内心首をひねりつつ、「おもしろくないですか?」と尋ねてみれば。
「いや、おもしろいよ。そりゃあね」
ウケるとしてもお前ほどじゃないという心情をあきらかに言外にこめた返答だった。俺を見守る視線の生あたたかかったことよ。はて。俺の笑いの沸点は低すぎなのか?
木下さんが髪を切ったら「子供みたいになった」って思っておかしくなる。奇声を上げながら俺に空手チョップしてきたら「今どきそれはないだろ。なにが『とう!』だよ」って思って笑える。店長のものまねをしていたら「なんでそんなどうでもいいことに才能を発揮するんだよ」って思って吹いてしまう。俺の作った料理を食ってるときには「どういう食い方すればほっぺたにゴハン粒がつくんだよ」って思って頬がゆるむ。手馴れた様子で車を運転してると「一人前の大人みたい」って思ってつい口がほころぶ。楽しくて、愉快で、誰かに言いたくなる。共有したくなる。
もしや俺、笑い上戸?
「木下さんってさっきの人のことだよね。そういうキャラには見えなかったけどな」
里美さんの前では妙にさわやかでふつうっぽかった。ありゃ猫かぶってたんだな。俺の話がその努力を無に帰すことになったかもしれない。イメージダウンしたら……したら……? 困る?
どうして俺が困るんだ?
「おもしろいなあ」
里美さんの声で、俺はほっとした。共感してもらえたんだ。
「わかってくれました?」
「ちがうちがう。おもしろいのは桜田君だよ」
出会った日とそっくりな台詞を吐かれた。一体全体どこが?
「俺、平凡ですよ」
「そうかなあ。ほんとに超おもしろいんだけど」
からあげを口に入れたら、絞ってかけておいたレモン汁がやたら酸っぱく舌に沁みた。