ふるふる図書館


第14話 アポイントメントはたたかい。2



「喫茶店をやってる人に誘われたんです。話を聞くとなんだかいい感じの店みたいだし、その人もいい人みたいなんで……」
「んん?」
 木下さんがうなった。
「みたい、みたい、って全然確定要素がないじゃん。その人とどんな関係?」
 う。鋭い。
「あの。うちのお客さん……です。たまたま接点があって」
「よく知ってるってわけでもないんだ?」
「そーですけどでもっ、話はしたし」
「どんな?」
 う。しつこい。
「えっと。料理を作るのが好きとか、そーゆーことです」
「ふうううん」
「なんですかそのふうううん、は」
「やっぱり、お前、飲食関係のバイトのほうがいいんだ。その道目指してるだもんな、そうだろーなあ。本屋捨てる気かあ」
 う。拗ねてる。
「そんな、そうだったら最初から飲食店を選んでますよ! それ以外の世界も経験しときたかったし、俺、馬鹿だけど本は好きだし」
「本屋のバイト、楽しかった?」
「ちょっ、なんで過去形? 楽しいに決まってるじゃないですか!」
 だって、木下さんがいるから。
 とは言えない。口が裂けても。のどの中でぐっと押しつぶしたら、なんだか少し涙が出た。テレビ電話じゃないことに感謝だ。
 心がズキッとしたんだ。「楽しかったか」なんて、捨てられるみたいで。
「その楽しいバイトをしてるのわかってて、なんでお前を誘うわけ。よほど気に入られたのか」
「無理しなくていいってその人も言ってましたよ。すごく優しくて、親切で、丁寧で、気も遣ってくれて」
「アヤシイ。あきらかにアヤシイ」
「だますっていうんですか平凡な一介の高校生を! 木下さんってそんなに疑り深い人だったんですか」
「ええ大人ですから? お前、ぼけーっとしてて鈍いからな。なんにも気づかないだろ。リョーヘー君のときだって」
「涼平は潔白だったでしょ! そりゃ俺に関してはそうだって認めますけど七瀬さんのことは悪く言わないでください。知らないくせに! 誰かを陥れたりするような人じゃないですっ」
 せっかくの俺のウキウキ・ハッピー気分に水差しやがって。一緒によろこべとまでは言わないけど、せめて、受け入れてくれたっていいのに! そんなに否定しなくたって! だいたい、健全な喫茶店でどうやって俺をだますんだよ。もし実はオミズ関係の店だったとしても、行けばばれることじゃないか! そんなに子供扱いしなくたって! 木下さんの馬鹿!
 俺は、机に置かれていたくだんのエアプランツをひっつかんで投げつけた。空気抵抗ありまくりのエアプランツは、手を離れるとふわふわと宙に浮き、壁にも達せずすぐにぽとんと床に落ちた。その情けない姿を見たら、ますます泣きたくなってしまった。
 口をへの字にひんまげて黙りこくっていた。かまうもんか、通話料はあっち持ちだ。

20070908
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