ふるふる図書館


第13話 モバイルフォンはあなたしだい。3



 連絡先を交換した数日後もだ。
 木下さんが「アドレス帳、埋まったか?」と尋ねてきた。
 学校には、メアドを教え合うような友達もいないし。家には別に電話しないし。するとしても、アドレス帳を呼び出すより入力したほうが早いし。兄貴のなんか聞いたってしょうがないし。バイト先の店にかける事態にもまだ見舞われてない。
 だから素直に応じた。
「木下さんだけです。木下さんのだけ登録されていれば、別にいいです」
 すると木下さん、手を口に当て「どひゃー」とか奇声を発した。いったいどこの珍獣か。
「うっわー。殺し文句……」
「え。え? なんですか?」
「おまけに天然ときたもんだ……」
 俺はひたすら首をひねるばかりだった。意思疎通がしにくい人だというのが当時の俺の感想だ。その印象はいささかの改善もみられずに現在に至っているのだが。
「へー、誰からもメールも電話も来てないわけだ」
「そーですよ。木下さんだけですってば」
 しつこい。
「俺専用かあ。ふふーん。嫉妬しなくて済むなあ」
 そうだよ、木下さんだけだよ。悪かったな。
 あーもう、番号とアドレスを教えたら、期待しちゃうじゃないか。携帯なんて持ってなければ、連絡ないのが当然だったのに。平気だったのに。
 そんなこと死んでも言わねーけどさ。

 画像を閉じて、アドレス帳をひらいてみた。
 申し訳程度のつつましさではあれど、あれから登録数は確実に増えた。でも木下さんの、通し番号000は、ずっとそのままなんだろうな。
「か」行にぽつんと表示されている「木下俊介」の文字を俺はじっと視線でなぞった。着信のたび、この四文字が表示されてドキドキしながら携帯のボタンを押す。いや、俺宛の電話が鳴ること自体にドキドキなわけであって、木下さんからの連絡だからってわけじゃないからなっ。って、いったい誰に言ってるんだ俺は。
 責任を果たすつもりか、木下さんはしばしばメールをくれる。約八割がくだらない用件で、あとの約二割がつまらない内容だ。駄目駄目じゃん。グダグダじゃん。
「今飲んでるー♪ 焼酎2本あけちった。てへっ(≧▽≦)」
 てへっ、じゃねーよ大人のくせして。そんな現状報告されても、どう返せばいいとゆーのか。どーして酔っ払ってるときに俺にメールするんだか、心理がまったく解せない。
 と、思っていた。
 でもなんだか、俺は今、木下さんにメールをしたくなっていた。
 最高に気分がよくて、機嫌がよくて。
 ある意味酔ってんのかもしんないな。

20070902
PREV
NEXT
INDEX

↑ PAGE TOP