ふるふる図書館


第9話 ロンリーウルフはふりむかない。3



「木下さん、ほんとは俺のこと怒ってるんでしょ? だからそうやって、涼平と仲よくして俺を仲間はずれにしたり、俺の醜態を見せようとしたりしてるんでしょ? いくら俺が馬鹿でニブチンでもわかりますってそのくらい」
 とたん、涼平がなんとも形容しがたい表情をした。
「うすうす感じてはいたけど。コウちゃんってさ……天然?」
「え?」
 もしかして呆れてる? でもどこが天然なんだよ、こんなに的を射た鋭い指摘をしたばかりの俺をつかまえて。
「真の天然は得てして、自分が天然だと気づかないものなのです、リョーヘー君」
「なるほどご愁傷さまです。苦労が絶えないんでしょう、木下さん」
「どういたしまして。ご心配には及びません、これが醍醐味というものです。毎日がおどろきの愉快さですよ」
「そうやってまたふたり揃って親しげに俺をこけにしてるし!」
 尖らせた俺の唇は木下さんにふさがれた。もちろんてのひらにじゃないことはすぐにわかった。そんなとこが「ちゅー」なんて音立てるもんか、吸いつくもんか! 寄生獣ミギーか、吸血鬼ハンターDの人面疽じゃあるまいし!
「ああああもおおおお!」
 ぎゃあぎゃあわめいて、手を電動歯ブラシ並みに高速振動させてごしごし口を拭く俺にはまるでかまわず、木下さんはいとも涼しい顔で涼平に言う。
「実力行使しないとわからないかと思って実行に移すでしょう、それでも」
「これってあれじゃないですか、豚バラ! ちがうカピバラ、えっとチャンバラでもなくて、わかったセクハラ!」
「やっぱりわかってない、と。だから楽しいんですよ。簡単にゲットできるようではつまらないでしょう?」
「ということは俺もやってもいいってことですか? 条件は同じ、つまりはイーブンってことですよね?」
「リョーヘー君のキャラでいけるかな? 俺は年上で先輩で上司という立場を最大限に活用してますからね。すっかり存在を忘れてた再会したばかりの幼なじみにはいささか厳しいと思いますよ? けっこう堅くてオクテで真面目だから」
「信じらんないっ木下さんの変態!」
 そうそうこれこれこの罵倒をしようとさっき決めたんだった。もう使う機会ないかと思ったけど、ちゃんと立派に出番がやってきた。よかったよかった。よかった……のか?
 俺へこんでたんだっけ? もう木下さんが近づいてこないんじゃないかって。もしかして今、安心してる?
 電車の中で、涼平いわく「抱き合って」たとき、俺、木下さんのことばっか考えてた……。もしかして、木下さんに接触されるの嬉しがってる? 俺も実は変態星から地球にやってきた変態星人?
 ああもうわからん、混乱して頭がぐるんぐるんしてきた。これが知恵熱ってやつか? 脳みそ溶けそう、ヒートアップして焦げて煙が立ちそうだ。臨界点突破! エマージェンシーエマージェンシー。
 頭の中でビープ音が鳴り響く中、俺はテーブルにばったり倒れふしてしまった。
「ありゃ? ノックアウトでもされたのか? ちょおっと刺激が強かったかな?」
 能天気な声が上から降ってくる。
「とーんでもないっ。木下さんのやることなんて屁でもないですう」
「拗ねるなよお、まったく子供なんだから」
「ええ、ええ、子供で悪うございましたあ。そんな子供にちょっかいかける木下さんはまぎれもない変態ですう。あーもう泣きたい。俺、泣いていいかな。子供なんだから泣いてもいいよな」
「わかったコウちゃん、俺の胸で存分にお泣きよ」
「涼平だって心の底では俺のこと笑ってるんだあ。木下さんと共謀して俺を陥れようとしてるんだ。もう誰も信用するもんか、俺は孤独な一匹狼なんだあ! わあああん」
「はい、ここで制限時間終了のゴングでーす」
 兄貴がぱんぱんと手を叩いた。
「ジャッジ桜田としてはドロー! と言いたいところだけど、今回は弟がウィナーということにしますか。泣く子と地頭には勝てないってことで」
 ……ああ? 誰と誰が対戦してたんだよ? 知らないうちに勝者にされても全然嬉しくねーよっ。

20060726
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