ふるふる図書館


第1話 エアプランツにおねがい。1



 ほれ、誕生日プレゼント。
 木下さんはいとも無造作に、ぽいと俺のてのひらにそいつを投げ出した。
「なんですか、これ」
「知らないのか、植物だよ。エアプランツっての。土もいらないんだってさ」
「へえ、生きてるんですか?」
 先のとがった細長い葉っぱがいくつかつんつん伸びている。土や鉢はおろか、茎も根っこもない株だ。
「水やりもあんまりしなくていいからさ、ずぼらなお前にぴったりだろ。小さいから場所取らないし、好きなところに転がしとけばいいし」
「ふーん。ものみたいですね。置きものっつうか飾りものっつうか」
「いいじゃないか!」
 木下さんが元気に陽気に明朗快活に叫んだ。公共の場では静かにしましょうという一文は、もとより木下マナーブックに記載されていない。エキセントリックにもほどがある。
「まりもみたいだぞ、まりも!」
 両手をグーにして力説されても。
 別に俺はまりもを絶賛した記憶はないし、まりもをとりわけ愛でる嗜好もないし、まりも友の会があったって断じて入会する気はない。
 自分の趣味は人類の趣味と信じて疑わないこの人に抗議しても無駄だけど。
 植物は世話するのが楽しいんだけどなあ。晴れていれば外に出して、土が乾けば水を与えてこまめに手をかけて、その結果すくすく育っていくのを見るのがうれしいんじゃん。
「成長するんですか、こいつは」
「おう、こーんな大きいのも売ってたぞ」
 あーはいはい。話半分に聞き流しておく。口からでまかせの大ぼらだから。
 こーんな、と言いながら木下さんが示すサイズを信じるなら、バスケットボールくらいだ。しかも、手を動かしているうちにずんずん二倍にも三倍にも膨張していく。おばけか。
「でもさすがにそっちは高かったわー。これがお手ごろだったんだよね、形もお値段も」
 いくらだったんですか、とうっかりナチュラルに尋ねかけてやめた。一応「誕生日プレゼント」だったんだ。あやうく忘れるとこだった。
 しかし、リボンだとか、カードだとか、凝りに凝ったラッピングだとか、そんなのはいらないけどさ、せめてこう、袋に入れるなりしないかふつう。しないか木下さんだから。
「木下さんだから」のひとことですべてが片づくのが怖い。根本的な解決から逃げてないか俺は。若人らしからぬ態度だ。
「水は霧吹きでいいらしいぞ。よし、あとでさっそく与えてみようぜ」
 確信を深めた。絶対、自分がほしくて買ったに決まってる。
 けたたましさにおされて、礼儀正しいはずの俺がお礼を言う隙もない。この人、ほんとに七つ上?
 うん、そうだよな、今日で十八になったんだから七こちがいだ。
 木下さんは俺の誕生日を知らなかったんだろうけど、こっちは木下さんのはずっとずっと前から知ってたんだからね。
 木下さんは、俺のバイト先の社員だ。ふたりでいるときなにかのついでに、誕生日の話になった。それが三日前のこと。
「土曜日か。予定あんの?」
「いえ、ないですけど」
 正直に答えたらげらげら笑われた。
「あはははは、さびしいやつだなあ! 学校もバイトも部活もデートもなしか」
 余計なお世話だ。誕生日までバイトを入れるのは悲しいからと予定を空けておいたのがどうせ裏目に出てますよそうですよ。
 木下さんは、唐突にぴたっと真顔に戻って、こちらをじっと見た。ドキリとした。木下さんの虹彩は、やたらと淡い色をしている。それになんだか、物理的距離が近いような。
「じゃ、その日は晩飯でも食いに行こうぜ。おごるよ」
「って、木下さんも予定ないんじゃないですか? 人のこと言えないっすよ」
 嬉しかったのに、俺はついついそんなリアクション。木下さんには蛙の面になんとやらなんだけどさ。どうせね。

20060706
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