ふるふる図書館


鈴蘭



 あのひとが、鈴蘭が好きだと言うので、ぼくもその花が好きになった。
 葉陰に隠れた白い花をうつむけて咲くようすは可憐で、清楚で、はかなげで。
 あのひとにぴったりだと思った。
 雑貨を売る店で、かわいらしい少女と鈴蘭のイラストが描かれた絵はがきを見つけた。
 透きとおった羽を持っている少女は、鈴蘭の妖精と書かれていた。
 どこかあのひとに似ていて。
 ぼくはすぐさま買い求め、小さな額にいれて部屋にかざった。
 五月一日に鈴蘭の花を贈る風習があることを知った。
 贈られた相手は幸せになるのだという、言い伝えだそうだ。
 あのひとの誕生日だ。
 ぼくは庭に出て、咲いている鈴蘭をていねいにつんだ。
 自分の手で花束をこしらえ、誰かにささげるなんてはじめてだった。
 その思いつきに有頂天になった。
 本当は、あのひとのそばに、ぼくなんかが近づけるわけがなかったのだけど。
 誕生日なのだから、お祝いの席なのだからだいじょうぶだと、自分に言い聞かせた。
 手の中で、花はすがすがしい芳香を放ち、ぼくを力づけてくれるかのようだった。
 鈴蘭を握りしめて、ぼくはあのひとのもとに急いだ。
 大きく立派な高級ホテル。別世界だ。一瞬、足がとまってしまった。
 勇気をふりしぼって、中に入った。
 やさしいあのひとが、ぼくを拒絶するわけがない。
 思ったとおり、あのひとは笑顔でぼくを迎えてくれた。
 花束も受け取ってくれ、楽しんでいってねと言った。
 あのひとは、きらきらしたドレスを着ていた。刳りの広い胸元から、高級そうな香水が香った。
 誕生日パーティーに招かれたひとたちもみんな、一分の隙もなく着飾っていた。
 ぼくは場違いなのが恥ずかしくて、でもすぐに帰るのはあのひとの親切をむだにすることになりそうで、部屋のすみっこに所在なくひとりたたずんだ。
 見たこともないごちそう、名前も知らないブランド品のプレゼント、かかえきれないほど大きな花束。
 その間を、男たちに取り巻かれたあのひとは実に楽しげにはなやかに、笑い声を上げながら抜けていく。
 ぼくの知っていたあのひととは、まるで違う気がした。
 大輪のカトレアの花束のわきに、鈴蘭の花束が無造作に置かれていた。
 誰からも、あのひとからもかえりみられず。
 あんなにみずみずしかった白い花はすっかりしおれていた。
 それを見ながら、ぼくは、鈴蘭には猛毒があることを思い出した。

20050820
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