芍薬
秋がきて、庭を歩いてはちいさい木の実をいくつもひろった。
木の実のなかには、木の気配がかくれていた。
大地に張る根、大空にのびる枝、風にひるがえる葉。
おおきな木がてのひらにのっているのは、ふしぎな気持ちだった。
きみは、どこにひそんでいるの。
春がきて、庭に植わった芍薬にちいさいつぼみがいくつもついた。
つぼみのなかには、花の気配がかくれていた。
幾重も幾重も、あざやかな花びら、つややかな花びら、かぐわしい花びら。
はなやかな大輪の花が生まれるのは、ふしぎな気持ちだった。
きみは、そこにとじこめられているの。
初夏の庭で、きつくまるくかたいつぼみのかたちは脳裏にやきついた。
あざやかなこと、記憶があせてはかなくうつろいやすいこと、日光写真のようだった。
ほころびたそこから、貴婦人のドレスよりもぜいたくな花が咲くのは目もくらむ光景だった。
もう、その庭も、家もない。
花屋にたちならぶ芍薬を、毎年買う。
はちきれそうに新鮮なつぼみを花びんにいける。
だけどひらききる前に、いつも花びらははらはら散る。
告げられなかった想いみたいに。
挫折し、やぶれた願いみたいに。
かなわなかった望みみたいに。
ひらひら落ちた花びらは、みんな少しずつちがういろ。
いちまいずつが、想いを、願いを、望みを語っているみたいに。
捨てる気持ちになれなくて、残らずひろいあつめてとっておく。いろあせてかわいても。
それは実らなかったもの、なくしたものにしがみつく、ぶざまなことなのだろうか。
それでも、今年も、きっと芍薬を買う。
それでも、朽ちて枯れた花びらは、いつまでもあでやかににおいたつ。
20050820