泪夫藍
お姉さまが淹れてくれる金いろのお茶が、わたしは好きでした。
それはそれはほんとうにうつくしい、うっとりするようないろなのです。
お姉さまにわがままを言って、何度も作ってもらいました。
でも、わたしは、そのお茶をしばらく口にしたいと考えずにいました。
わたしと友だちでいてくれると誓った子がいたのです。
その記憶はまばゆい光に満たされていて、だからあのお茶を目にしたらきっとあの子を思い出してしまうと思うのです。
あの子はわたしを置いていなくなってしまいました。だからわたしは、あんなかがやかしい少女の時代はもう終わってしまったと思うのです。
わたしはただ、病弱なからだをもてあまし、家族にももてあまされながら朽ちていくよりないのだと思うのです。
何年前になるでしょうか。幼かったあの日も、わたしはベッドに伏せっていました。
「具合はどう?」
お姉さまが、わたしの枕元に寄ってきてたずねました。手にしたおぼんには、わたしのティーカップが載っていました。
「貴女、このお茶、好きでしょう。」
お姉さまはおっとりと笑いかけておぼんを置き、わたしのかたわらにひざをつきました。
「わたしも、好きなのよ。貴女がこのお茶を飲むところが。貴女がほっぺたをピンクいろに火照らせているところを見るのが大好きなの。」
お姉さまの指さきがわたしの頬をなぞりました。きっと青白く、冴えない顔をしていたのでしょう。
「ねえ、お姉さま。この金いろは、サフランよね。とっても高いって聞いたわ。」
「そうね。ひとつの球根につく花は一、二個で、花からとれるめしべは三本ですものね。そのめしべから作るのですもの、貴重だわ。」
「わたしに使っていいの。」
「もちろんよ。貴女のほうが大切ですもの。」
お姉さまのやわらかなくちびるが、わたしの右のまぶたに押しあてられました。
光を失ったわたしの右目を見たことがあるのは、たったの数人しかいません。いつも眼帯で隠しているからです。
「でも貴女が気にするのなら、そうね。わたしがサフランを育てるわ。貴女がいつでもこのお茶を飲めるように。」
学校から帰宅し、自室に入ろうとしたところで、となりのお姉さまの部屋のドアがひらきました。
「お帰りなさい。今日は冷えるわね。サフランのお茶を淹れるわ。あたたまるわよ。」
セーラー服につつまれたわたしの肩は一瞬びくりとすくみました。あの子がいなくなってから、もうそんな季節になってしまったのでした。
お姉さまはわたしの頬に手のひらをあてます。
「やっぱり冷たくなってしまっているわ。わたしのお部屋にいらっしゃい。」
手をひかれてしかたなく、わたしはドアの向こうへ足を踏み入れます。
そこにはたくさんの硝子の鉢、咲きほこる紫いろのたくさんのサフランたち。
めまいがしました。そんなわたしに、お姉さまが心配そうなまなざしを向けます。
「疲れているの? 少し休むといいわ。ああでも、お洋服がしわになってしまうわね。」
わたしは無言でかぶりをふり、お姉さまのベッドに身を横たえました。
やわらかな寝具とお姉さまの香りに抱かれて、そっと目を閉じます。このまま眠ってしまえば、わたしはお茶を目にせずにすむでしょうか。
「お姉さまはどうして、ここまでしてわたしなんかにサフランのお茶を淹れてくれるの。」
たずねながらも、わたしはお姉さまのこたえを知っていました。きっとわたしはあさましく、お姉さまのそのことばを期待していたのです。
「もちろん、貴女のことが大切だからよ。」
ほら、わたしの想像したとおりです。お姉さまの手のひらがわたしの頬をなぞり、髪をなで、くちびるでわたしの右のまぶたにふれるのも。
わたしの紺いろのスカーフを、お姉さまの指さきがするりとほどきます。わたしの耳もとを、お姉さまの声がくすぐります。
「貴女は、わたしの大事な妹よ。もしも貴女がサフランを嫌いになったのなら、あの硝子の鉢をひとつ残らずすぐさま砕くわ。」
わたしは目をかたくかたくつむります。胸がわななきます。
サフランたちはきっとわたしを見ています。お姉さまの慈愛を浴びて育てられているはずなのに、わたしがひとこと何か言えば無残に散らされてしまう、嘆きと悲しみと怒りと憤りがわたしに向けられている気がするのです。
わたしがお姉さまの愛情を試したばかりに。わたしがサフランの群れを見て顔をこわばらせたばかりに。花たちが。
「ね、しばらく、つらいことはこころの奥にしまっておくのよ。見たくないものは見ないでおいていいの。」
ふわりとスカーフがわたしの目を覆いました。そのまま、後頭部できゅっと結かれます。
左目だけを隠せばいいのに、両方を目隠しするのがなんだかおかしくて、うれしくて。
わたしの気持ちが沈んでいるとき、お姉さまは、悲しみを忘れさせるおまじないをしてくれます。誰にも秘密です。
ただ、おびただしい数のサフランの花が見ているのをのぞけば。
セーラー服のあわせがくつろげられ、やわらかな感触がわたしのからだのあちらこちらをこれ以上ないほどやさしくいとおしみ、わたしの頬はピンクいろに染まり、お姉さまはそれを見てほほえむのでしょう。
やがて声を嗄らせたわたしに、あの金いろのお茶がさしだされるのでしょう。
わたしのまぶたの裏は、目隠しされているにもかかわらず、濃い金いろに染まりました。
そこに、たったひとりの友だちだったあの子のおもかげを浮かべようとしましたが、お姉さまのもたらす慈しみの波にのまれてうすれていきました。