合歓
目を閉じるとあなたが消える。
わたしにふれてくるひとは、だからきっと、あなたじゃない。
だってあなたのくちびるの温度も、感触も、知らない。
目を閉じるとすべてが消える。
わたしが知っているあなたも、わたしが知っている世界も。
あなたはわたしがまぶたをおろしているうちに魔法の粉をふりかけて、跡形もなく消してしまう。
だからわたし、けっして目を開けない。
わたしが知っているあなたは、こんなことしないもの。
わたしが知っているあなたとは、こんなことしないもの。
わたしのくちびるをついばんで、わたしの舌をもてあそぶのは、あなたのはずがないもの。
そう、すぐに目を閉じてしまうのは、あなたを受け入れるためじゃない。
だんだん、とろとろと眠くなってくる。
あなたじゃない誰かの肩に、わたしのからだはもたれかかる。
甘えるような声を出すのは、よりかかるのは、わたしじゃない。
この一瞬だけさようなら、わたしの日常。
合歓の花粉がわたしに落ちかかる。
眠りにつく夕暮れの合歓みたいに、わたしのからだは誰かのもとへ、ゆっくりゆっくり落ちていく。
20100611