ふるふる図書館


初夏のまどろみ



 昼下がりの山手線はすいていた。
 座席に腰かけて、終わりなく巡る環状線の単調な音と揺れに身をまかせていた。
 窓からさす影も揺れ動いてはかたちを変えた。
 きらきらまばゆい初夏の新緑と光が、眠気を誘おうとまぶたに戯れかけてくる。

 おかしいな。
 いつのまにひとりで東京の電車に乗れるようになったんだろう?

 今さらなにを。
 何年もひとりでこの路線を使って職場に行っていたじゃないか。

 ほんとうに?
 白い花のこぼれる大きな木のある庭で日がな一日、本を読んでいたはずじゃなかった?
 ときおり、細くて非力な幼い腕を枕にまどろむ、それが僕じゃなかっただろうか?
 アルプスの空に浮かぶ雲を眺めてすごした、Peter Camenzind みたいに。

 思い出せない。
 いつから大人になってしまったんだろう。
 いつから労働をおぼえるようになったんだろう。

 思い出せない。
 こんな都会で、いつからひとりで暮らしているんだろう。
 いつからひとりでこうして電車に乗っているんだろう。

 いつからひとりで……。

20060614
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