ピアノのくにのおひめさま
たどたどしいピアノのねいろが、あかるいひざしがさしこむおへやいっぱいにひびいていました。
くちをきゅっとまいちもんじにむすんで、わきめもふらずにバイエルをひいているのは、れみちゃんです。
きょくのとちゅうでつっかえて、れみちゃんはぷうっとほおをふくらませました。
「せっかくここまでひけていたのに。うまくできるようにならないと、ママにおこられちゃう。」
ひとりごとをいったときです。
「わあっ。」
ちいさなちいさなさけびごえがして、けんばんのうえに、ちいさなちいさなおとこのこがおちてきました。
ぽーん、ぽーんとおとをたててはずみます。
「おどろいたよ、れみちゃん。きゅうにやめるなんて。」
「あなた、だあれ。」
れみちゃんはめをまんまるにして、ぱちぱちまばたきしながらいいました。
けんばんのうえにたっているおとこのこは、れみちゃんのてのひらにのるくらいのおおきさです。
つりのズボンをはいて、リボンのネクタイをしめていました。
「はじめまして、れみちゃん。ぼくは、そら。ピアノのくににすんでいるんだよ。」
「わたしのことを、しっているの。」
「もちろん。だって、ピアノのくには、れみちゃんのピアノのなかにあるんだもの。」
「ほんとう。」
「ほんとうだよ。ママはピアノのせんせいで、れみちゃんはバイエルをにちようびまでにひけるようにならないといけないってこともしっているよ。ドレミのれみちゃん。」
「だったらあなたは、ソラシのそらくんね。さっきはどうしておちてきたの。」
たずねると、そらくんは、まじめなかおでこたえました。
「ピアノのおとをつかまえようとしていたんだ。」
「どういうこと。」
れみちゃんはきょとんとしてききかえしました。
「ピアノのくにのおひめさまはね、わるいまじょにのろいをかけられて、みみがきこえなくなってしまったんだ。
だからせめてものなぐさみに、ピアノのおとをもっていって、みせてさしあげようとおもってね。
つかまえたところで、れみちゃんがピアノをひくのをやめてしまったから、おとがきえて、おっこちてしまったのさ。」
「しらなかったわ。ごめんなさい。でもどうやって、おとをおひめさまにみせるの。わたしもみたいわ。」
「それなら、ピアノをひいてみて。」
うながされて、れみちゃんは、バイエルをひきはじめました。
そらくんは、ぴょんぴょんととびあがって、アップライトのピアノのうえにのぼりました。
なにか、おとをつかまえるじゅんびをしているようです。
れみちゃんは、きになってしかたがありません。
そらくんのほうにかおをむけようとしましたが、
「だめだよ、れみちゃん。ちゃんとひいて。」
そらくんにちゅういされて、あわててじぶんのゆびとけんばんと、がくふにめをもどしました。
「ほら、つかまえたよ。」
しばらくすると、そらくんのこえがふってきました。
シャボンだまのような、まるくてふわふわとゆれるたまをてにしています。
「これが、わたしのおとなの。」
れみちゃんはがっかりしてしまいました。
くすんで、にごって、ぼんやりとしていて、おせじにもきれいないろとはいえません。
「きがちっていたから、こういういろになったんだよ。」
そらくんが、なぐさめるようにいいます。
「わかった。こんどはきちんとひいてみる。」
また、けんばんのうえにゆびをおきました。きちんとひくって、どういうことなのでしょう。
ママは、いつもれみちゃんに、なんておしえていたでしょう。
ひとつひとつのおとをたいせつに、こころをこめて。
れみちゃんは、みみのきこえないおひめさまのことをかんがえました。
きれいなおとをみることができたら、きっとおひめさまは、まんぞくするにちがいありません。
どれがおひめさまのきにいるのでしょう。いま、ひとさしゆびでだした、このおとでしょうか。
それとも、おやゆびでたたいた、このおとかしら。
「わあ、みて、れみちゃん。」
そらくんのはずんだようすに、そちらをみると、ビーだまくらいのたまをかかえて、にこにこしています。
にじいろにきらきらとかがやいていて、それはそれはきれいでした。
「さあ、はやくおひめさまにみせなくちゃ。れみちゃんもいっしょにおいで。おひめさまも、きっとあいたがるよ。」
「わたしもいっていいの。」
れみちゃんがまだいいおわらないうちでした。
ふわっとからだがちゅうにうかぶかんじがしたかとおもうと、そこはもう、りっぱなごてんのなかでした。
よこには、れみちゃんとおなじせたけのそらくんが、たっています。
「そらくん、いつおおきくなったの。」
「れみちゃんが、ちぢんだんだよ。」
そらくんが、くすくすわらいました。
「おひめさま、れみちゃんのピアノのおとを、もってきました。」
まえにすすみでるそらくんのさきには、ももいろのドレスをきたおんなのこがいました。
ちいさなきんのかんむりをかぶり、ながいすにこしをかけた、かわいらしいおひめさまでした。
さしだされたまあるいにじいろのたまを、そうっとさわって、おひめさまはうれしそうににこにこしました。
なんども、たいせつそうになでました。
「ああ、わたしのおとを、こんなによろこんでくれるひとがいるなんて。」
れみちゃんは、むねのおくが、じんとあつくなりました。
そのときです。
おへやのおくで、なんにんかの、おおきなさけびがあがりました。
「まじょを、みつけたぞ。」
「はやくはやく。」
そらくんは、とびあがりました。
「たいへんだ、まじょにおひめさまののろいをといてもらわないと。おねがい、れみちゃん、ピアノをひいて。」
「どうして。」
「れみちゃんのおとにのって、まじょをおいかけるんだ。はやくしないと、このくにからにげてしまう。おとは、とってもすばやいから、きっとまにあうよ。」
「わかったわ。」
そうこたえるともう、れみちゃんはさっきとおなじように、ピアノのまえのいすにすわっているのでした。
もちろん、せたけもいつもどおりです。
おひめさまのみみを、もとにもどしてもらわなくては。
れみちゃんは、いっしょけんめいに、ピアノをかなでました。むちゅうでした。
どのくらい、ときがたったのでしょう。
「ありがとう。れみちゃん。おひめさまのみみは、ぶじになおったよ。」
そらくんのこえがしました。れみちゃんはきょろきょろとまわりをみわたしました。
そらくんのすがたは、どこにもみえません。
「まあ、れみ、かぜをひくわよ。」
こんどは、ママのこえです。
びっくりしてからだをおこすと、うしろにママがいました。
「ピアノをひきながら、ねてしまったのね。れんしゅうは、はかどったの。」
いつのまにねむってしまったのか、れみちゃんにはおもいだせません。
そらくんと、おひめさまは、ゆめだったのでしょうか。
れみちゃんのおとをなでていた、おひめさまのえがお。
たのしそうにひかり、ゆれながらおどる、おとのたま。
れみちゃんのては、しぜんに、きょくをひきはじめていました。
ゆめのなかでのゆびづかいを、からだがおぼえているようでした。
ママはあっけにとられて、くちをぽかんとあけました。
「すごいわ、いったいいつ、そんなにじょうずになったの、れみ。」
れみちゃんのみみもとで、ちいさなちいさなわらいごえがきこえました。
「おひめさまの、ごほうびだよ。」
「だから、ママはそんなにピアノがじょうずなの。それがおひめさまのごほうびなの。」
おとなになったれみちゃんに、れみちゃんのこどもたちがあどけなくたずねました。
れみちゃんはしずかにほほえんで、くびをよこにふります。
ピアノをひくたび、れみちゃんのむねにうかぶのは、まばゆくきらめくきれいなきれいなひかりのたま。
めをかがやかせるおひめさま。
それをみてうれしそうにわらうそらくん。
すると、れみちゃんのねいろはひとつひとつ、どれもがうっとりとかがやきだすのです。
れみちゃんがうけとったごほうびは、ピアノをひくたびに、あたたかでしあわせになるこころ。
ピアノをひくことがだいすきなきもちだったのでした。