ふるふる図書館


おかわり2 アンベラブル・ライトネス



「俊介ー、今週のジャンプ読み終わったけどさ、読む?」
「わーいあっりがとー! タカシってばやっさしーい! 大好きだよ愛してるー。ちゅっちゅっ」
「はいはい。俺もだよー」
 言われ慣れてるタカシは棒読みで軽くいなして、俺にジャンプを渡してくれた。まわりの女子が色めき立ってざわめくのも、いつものことだ。
 俺はひと呼んで「好き魔」。隙間ではない。誰にでも好き好き言いまくるからである。だから、言われたほうも誰も本気にしない。俺の発言は、吹けば飛ぶようなふわっふわの軽さしかない。それにふさわしいよう、俺も毎日ふわふわと、愉快にご機嫌に笑いながら生活している。
 そのはずなのに、だ。
「なんでそうやって、誰にでも見境なく『好き』って言うんだよ」
 つっかかられた。俺の家に遊びに来ておきながら怒ってるのは、同級生の男子だ。
「へ? 好きなものを好きって言ったら駄目なん?」
 わけがわからずきょとんとしてたら、諦めた顔をして「帰る」とかばんをつかんで部屋を出て行った。玄関まで追いかけたけど、振り向きもせずに去っていく。
「どーしちゃったんだろ、アイツ。せめてちゃんと説明していけばいいのに」
 ぽかーんとしている俺に、ちょうど来訪していた父の友人がリビングのソファで笑顔を向けた。
「相変わらずタラシだねえ」
 やさしい口調で言うことキツイんですけど。
「あの子は、俊介の『特別な好き』がほしかったんじゃないの?」
 クエスチョンマークを空中一杯に飛ばして首をかしげていると、
「自分の胸に手を当ててよーく考えてみて、って言ってもわからないかもね、俊介には。まあ、そのうち刺されないようにね」
 追い討ちかけられた気分。
 こんなに浮ついた「好き魔」にそんなことを求めるアイツのほうが俺にはよっぽど意味わかんないけどなあ。なんて口にするのはやめて、へらへらととぼけておいた。
 そう、俺はたいがいの人が好き。その気持ちに、優劣も軽重もない。あの子もこの子も、好き、好き、好き。大好き、大好き、愛してる。

「ねえ、好きって言って」
 熱い息づかいがねっとり粘り気を帯びて耳をくすぐってくる。
 んー、コイツいっつもそれな。別にいーけど。
 そんなんでいいなら、お望みどおりいくらでも言うよ。元手なしで、タダだもん。体に溜まったどうしようもない熱をそれで解放してくれるんなら安上がりだ。
 実際のところはこの熱を育んだのは、今俺にへばりついてる、付き合ってるわけでも恋人でもないけれどこういうことをする関係を持っているヤツらのひとりであるところのコイツであって、コイツの言うことを素直に聞いてやる必要ないんじゃないかとも思うんだけど。体の欲求に逆らうのは至極むずかしいから素直に従うことにしてる。
 好き、好き、大好き、愛してる。せっぱつまったような俺のうわごとめいた繰り返しが、次第にままならなくなる呼吸に飲まれていく。
 苦しんでいるのかよろこんでいるのか悲しんでいるのか生理的なものなのか、成分の謎な滴が頬を伝う。泣きたい気持ちなんか、どこを探してもこれっぽっちもないのに。
 ああ、明日も学校でみんなに好きって言おう。愛してるってゆるゆる笑おう。俺の「好き」も「愛してる」も、誰にとっても等価だから。生々しさのない、現実味のないものじゃないと似合わないから。
 ばちんと真っ白に爆ぜた後、すうっと急速にさめていく脳裏のはじっこでそう考える。

「おはようございます、木下さん」
 まぶしい朝日と、コーヒーの香り、どことなく甘い声。目の前のエプロンに「うにゃあ」とほっぺたをうずめると、清潔な匂いがして落ち着いた。
「起きられますか? まだ眠いです?」
 夢うつつに思い出してしまった過去の情景の残滓がまだまとわりついていたから、俺は寝ぼけてるふりをする。演技はまあまあ上手いと我ながら思う。
「時間早いですから、うだうだしててもいいですよ」
 手のひらが俺の髪をゆっくり撫でる。
 うん、ちょっと待ってて、あと少ししたら、お前がよく知ってる木下さんに戻るから。
 昔は誰にでも軽々と振りまいていたあの言葉を、お前には言えない。
 あんなにふわふわ重みがなかったのに、お前に言ったらずっしりした枷になりそうなのはなんでなんだろう。いやそもそも、あの言葉の言い方が、さっぱりわかんない、お前に対しては。
 もしもいつか自然に口に出せるようになったとして、お前と俺はそのころどうなってんのかな。若いお前を俺に縛りつけていいのか、ほんとはね、心のすみでいまだにずっと迷ってんだよ、公葵。

20150923
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