ふるふる図書館


おまけ11 ニューイヤーズ・イブ



 今日の昼間のうちにせっせときれいにしたバスタブにきれいなお湯をはって、体を沈める。はあ、なんてオヤジみたいに声が出てしまう。大掃除とおせちの仕込みにばたばたしていた日中が遠ざかり、疲れた体を、温泉のもとを入れたお湯がやさしく癒してくれる。
 大晦日の夜はどことなく厳粛な、ひっそりとした静寂に包まれている気がする。隣近所から聞こえる声も、しんとした空気にはじかれているみたいだ。
 お湯のあたたかさと感触を肌で味わっていると、意識がほわりほわりと溶けて無心になっていく。そのくせ、日常では後回しにされているいろんなことがふわりふわりと頭に浮かんでくる。
 あの野菜炒めにはあのスパイスが合うんじゃないかな、とか。こないだ芸能人がテレビでやってた料理、今度まねして作ってみよう、とか。一年間のできごと、とか。ごく自然に、あの人のことも。
 あの人も、大掃除したのかな。年賀状書いたのかな。
 そういえば、あの人、年賀状をもらったことも出したこともないな。
 そもそも住所を知らない。俺から年賀状をもらいたくないのかな、迷惑なのかな。会ってすぐにメアドを交換したんだから、そんなことないのかな。でも、やっぱりあの人のことよく知らないや。
 そう、わからない。本心なんて。さっぱりだ。俺は知りたいんだろうか? それともこのままでいいんだろうか?
 うん、このままでいい。楽しいから、楽だから、このままで。ずっと。
 ざぶんと顔にお湯をかけた。入浴剤効果か、肌がしっとりつるつるだ。誰に見せるわけでも自慢するわけでも触られるわけでも気づかれるわけでもほめられるわけでもないけど。
 あ。あの人だったら、もしかしたら。
 なんて。なにを期待してるんだろ。
 年が明けたら、あけおめメールしよ。電話なんてしない。簡単でいいんだ。
『あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。昨夜は格闘技を見ました。これからお雑煮を食べて、成田山に初詣に行きます。木下さんはどんなお正月を過ごしていますか? のんびりできていますか? くれぐれも飲み過ぎないでくださいね』
 って、長! 呆れられるだろそれ。だいたいそんなの、会って直接話せばいいことだし。
 だから。
『あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。時間があるときまたお話ししてください』
 うーんそれもなんか変だな。あの人に送るメールらしくない。言われなくてもしゃべってるもんな。「お話しして」なんて追い討ちかけたら何時間だってぺらぺらしゃべり倒しそうだマジで。想像するだにうざい。
 まあいいや。なんたって今夜は長いんだから。一晩かけてゆっくりゆっくり考えようっと。
 よいお年を。木下さん。

20091231
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