ふるふる図書館


おまけ10 トリック・アンド・トリート



「かーぼちゃ♪ かーぼちゃ♪ たーっぷり、かーぼちゃー」
 木下さんがキユーピーのCM「たっぷりたらこ」の節回しで元気よく歌っている。
 かぼちゃの着ぐるみに身を包んだ小さい木下さんが大量にぴょんぴょん飛び跳ねながら行進している画像が脳裏に浮かんだ。うん、ふつうに気持ち悪い。
「かぼちゃ料理といえば冬至だと思いますけどね……」
 俺は甘辛く味つけしたかぼちゃのいとこ煮をテーブルに並べながら言った。ハロウィンに和食という組み合わせには全力で目をつぶる。
「冬至といえば柚子のお風呂だろ。あったかぽかぽかいい香り。た、の、し、みー!」
 なにかよからぬことをたくらんでいるような気がひしひしとするが、墓穴を掘らないように沈黙を守りつつかぼちゃのコロッケとポタージュをキッチンから運んだ。デザートはかぼちゃのプリンとかぼちゃのパイ。まさにかぼちゃづくしだ。
「助かった、ありがと。あやうく腐らせるところだった」
 どっさりもらったというかぼちゃの使い道を相談されたので、木下さんの家に出向いて料理をすることになった。「ひと思いにやっちまいな!」と「キル・ビル」のオーレン・イシイみたいなことを言われてそのとおりにしたわけだけど、なにも、いっぺんに全部さばかなくていいんじゃないか。
「かぼちゃ、好きなんですか?」
 エプロンをはずしながら尋ねると、木下さんはすこぶるいい笑顔で言った。
「お前が作るものならどんなものでも好きだよ」
 ぎゃっ。なんでそういうこと言うかな!
「べ、べ、別に! 俺が畑でかぼちゃを栽培したんじゃないですから!」
 なんだろ、木下さんの顔を見られない。心臓に悪い。俺はあわててテーブルの前に腰を落ち着けた。
 向かいで、木下さんがぱくぱくと料理を平らげていく。ああ、うまそうに食うなあこの人はいつも。心がふわんとする。あらかた食べ終わったあたりで、木下さんが話を振ってきた。
「トリック・オア・トリートって、意味知ってるよな」
「知ってますよ。俺はこんなにがんばっておもてなししたんですから、悪さをされないで済みますね」
 俺はふふんと勝ち誇って胸をそらした。
「うむうむ。よしよし。俺がおもてなしをしてしんぜよう」
「お菓子をくれるんですか?」
「うん」
 木下さんが俺の隣に座った。え。今? 今ですか?
「じゃ、目つぶって」
「は?」
 身の危険を感じる。
「大丈夫だからさー。いたずらしないって」
 そんな顔で言われてもどう信用すればいいやら。俺はぐずぐずもじもじと目を泳がせて下を向いた。
「どおおーーーーしてもつぶらないとだめですか?」
 ちらっと視線だけ上げて様子をうかがう。
「『はい』って素直に言うこと聞くお前が見てみたいの♪」
「うううーー。つぶるだけでいいんですよね?」
「うん。なーんにもしないってぇ」
「そっか、じゃあ、つぶります」
「あらあ、ほんとにいいの?」
「えっだってなんにもしないって」
「うん、なんにもしない」
 あやしい。あやしすぎるけれど、いっこうに埒のあかない問答が続いた末にあきらめて、ぎゅっとまぶたを閉じた。なんでバクバクいうんだろ、俺の心の臓。
「公葵」
 木下さんが耳元で名前を呼ぶ。真面目モードの低い声。ぎゃっ。もうやだ! 拷問だ。
「ありがと。お前のおかげでいつもすごく楽しい」
 からかうのはやめてほしい。俺がいようがいまいが、木下さんはいつだって人生エンジョイしまくってるんだから。首を振ろうとしたら、髪をさらさらなでられた。それだけで俺は動けなくなってしまった。
「お前が自分のことどんなふうに思っててもさ、本当はすごくいい子だっていうの、俺はよくわかってるから」
 うぐぐ。お菓子って、甘言のことかよ。
 甘すぎて、
 甘すぎて、
 甘すぎて、
 胸焼け起こして涙がにじみそう。
「おだてても、なにも出ませんよ」
「出してるじゃんこんなに」
 木下さんが、いつもの調子でけらけらと笑う。たしかに。すぐそこにはもりもり手料理。
「別に、おだててほしくて前払いしたわけじゃ」
「可愛いなあお前」
 ほっぺたをむにっとつままれて、はずみで目を開けてしまった。
 こちらをのぞきこんでくる木下さんとばっちり視線が合う。
「コーキ、可愛い」
 にこっとしてもう一度言う。俺はあたふたと立ち上がった。
「あ、えっと、デザート持ってきます!」
 かえすがえすも失敗だった。早く気づけばよかったのだ。
 俺の頭に断わりなしにこっそり装着されていた、黒い猫耳カチューシャ。ハロウィングッズのそれにまるで気づかずに、数時間を過ごすはめにならずに済んだものを。
「なっなんですかっこれは!」
 用を足した後に入った洗面所で気づいた。すぐさまむしり取った俺は、戻るなり木下さんにそのブツをつきつけた。
「あれー似合ってたのにーもう取っちゃったんだぁ」
「ひどいですっ」
「そうだよな。しっぽもつければよかったな」
「そーいうことじゃなくって!」
「それにお前はどっちかといえばにゃんこよりわんこだよな」
「そーいうことでもなくって! つか、真顔で言うな!」

 猫耳に気を取られ、俺はまんまと気づかずにいたのだった。帰宅してかばんを開けたときだった。
 かばんに俺の好きなチロルチョコ(きなこもち)がどっさりと詰まっていたのを発見するのは……。
 あのいたずら好きめ!

20091031
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