ふるふる図書館


おまけ7 バレンタイン・チョコレートケーキ



 バレンタインデーにちなんでケーキを作った。
 ココアを入れたスポンジを焼いて。チョコレートのホイップクリームで飾り立てて。
 別に誰かにあげるつもりだったんじゃない。俺ひとりじゃ食べきれない。だから食べてもらうだけだ。味の感想を聞きたいから、一緒に食べるだけだ。ふたりぶんしかないから、相手の家をわざわざ訪問してふたりで食べる、それだけだ。ほんとうに、それだけだ。
「ああー、うまいなあ」
 ひとくちごとに、木下さんがうっとりとつぶやく。
 ほらだから、誰に食べてもらうか、選択はまちがってなかったんだって。
「ほんとにうまい」
 幸せそうにためいきをつく。
「食べ終わるのがもったいない」
 しみじみ言い募る。
「もう。さっきから、ほめ殺しですか」
 顔を俺は思いきりしかめた。そうでもしないと照れくさすぎる。
「だってほんとだもーん」
「またいつでも作ってあげますよ」
 ひとりでさっさと平らげるのはなんだかよくない気分になって、俺もゆっくりゆっくりケーキを食べていた。
「お前、口についてんぞ、クリーム」
「えっ」
 俺ってガキんちょみたいだな。あわててこれまた子供みたいに、ぺろりと舌で舐めまわした。
「とれましたか」
「……まだ。あ、こら手で拭くな」
「落ちました?」
「いんや、まだ」
 こんなにごしごししてんのに、どんだけしつこくこびりついてんだ。
 木下さんがティッシュの箱をひきよせた。受け取ろうと手をのばしたら。
「どんくさいなあもう。俺にまかせなさい」
 俺に近づいて、拭いてくれ……た。
 あったかくて湿ってざらざらした感触に、
 時間が数秒、空白に凍結。
「うわっわああああああ! 馬鹿! ばかばかばかばかーーー!」
 スタンド使いかよ「ザ・ワールド」かよ! ロードローラーのかわりにこんな攻撃かよ! 不意打ちしやがって!
「クリームなんてついてなかっただろ! だましただろ!」
「んー? 甘くておいしかったぞ? ふんわりしてて、きめこまかで」
「へんたい!」
「お前が舌なめずりなんかするからだ。意味ありげに。えろーい。やらしーい」
「いっ意味わかんない! それじゃペコちゃん人形もせくしーなのかよ! えろくてやらしいのはそっちでしょ! すけべおやじっ」
「すけべおやじって。地味に傷つくわー」
「それはなにより!」
 そんな言葉と裏腹に、木下さんは余裕しゃくしゃくでへらへら笑ってる。く、くやしい。くやしいざます。キーッ!
「一か月後、おぼえてろよ! すんごい慰謝料払ってもらうから!」
「はいはい、こちとら哀れなすけべおやじですから。ピッチピチの若い子に、精も魂もしぼって枯れ果てるまで尽くして貢いでさしあげますよ」
 あっ。
 だっ、だからこれ、バレンタインのプレゼントなんかじゃねーんだっつーのに!

20090201, 20090309
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