ふるふる図書館


おまけ2 ババンババンバンバン 宿題やったか?



 こいつってば。
 俺のアパートに数学の宿題を教えてもらいにきたくせに。
 静かにノートに向かい合っていると思えば、いつの間にやらすうすうと安らかに寝息を立ててテーブルに突っ伏している。
 寝顔を見せつけやがって、お前がそーゆーつもりならとくと堪能したろーじゃないか。おでこにマジックで「肉」と書くなど思いつきこそすれ実行しない慈悲深い俺だ、これくらいバチは当たるまい。
「ん……ううー」
 眺めていると、その眉がかるく寄った。
「あ。駄目……困ります」
 なんの夢を見てるんだいったい。
「いや、あっ、ちょっ、なにして……そこ、駄目です……」
 うっすらひらいた唇から切なげにこぼれる声。
 まことにもって聞き捨てならん。
「いって! なんですかいきなり」
「いきなりに決まってるどこの誰が『これから殴りますよ』なんて前置きするか」
 俺に叩かれた後頭部をさすりながらも、まださめきっていないのかとろんとした目をぱちぱちさせている。その表情もほんと無防備。
「なんの夢見てたんだ?」
「よくわかりましたね、すごいなあ」
 ずれたリアクションをして、余韻を追うように、ほんのり赤らめた目もとを伏せた。
「バイトの夢。俺が整頓した本を、お客さんが次々に棚から抜いて、別のところにぽいぽい置いていくんです。どんなにきちんと戻してもね、あとからあとからわらわらわらわら。無限じごくです。うう、怖かったぁ……」
 寝ぼけ顔したまま、呂律の回らない舌足らずな口調で、俺に悪夢と恐怖を訴えた。幼稚園児並みだ。
 それで、「そこは駄目」か。
 馬鹿だ。馬鹿だ。ほんっと馬鹿だ。
「起こしてくれて助かりました。きのした、さん?」
 思わずそのほっぺたに腕を伸ばした俺に、きょとんとした視線を向けてくる。
「しーじじょういこーるえーじじょうぷらすびーじじょうまいなすにえーびーこさいんしー」
 唐突に余弦定理を口にする俺へ、ますますふしぎそうに小首を傾げてくるのに、俺はこらえきれずに吹き出した。
「顔にばっちり転写されてんぞ、お前がシャーペンで書いてた字。あーあ、跡がこんなにくっきり」
 反対側の頬を押さえて、「え、うそ。顔、洗ってきます……」と恥ずかしそうにつぶやく劣等生に、「おー、早く洗ってこい」と言いつつも。
 柔らかな感触からなかなか離れたがらない俺の手のひらだった。

20080310, 20080525
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