ふるふる図書館


021



 母とお茶を飲みながらおしゃべりをしていると、ときおり、アキの話題になる。
 昔、何度かうちに呼び、食事をともにしたことをよく母はおぼえているのだ。
「あの、無口できれいな子」
 もっぱら、母はそういう表現をした。
「今もきれいだよ。もう高校生なのにさ」
「元気なの? またいつでも連れてきなさいよ」
 母は、アキのことをずいぶん心配している。こういうひとが自分の親でよかったとおれは思う。
「それとも、こんなやかましい家でいやになったかな」
「それはないと思うよ」
 いやなら、アキは断るだろう。流されやすそうに見えて、きっぱりしているのだ。
「ちゃんとごはん食べてるといいけど。あんなにやせっぽっちで、可哀想だった」
「あいつ、自分のことに全然かまわないから」
「おまえがちゃんと気をつけてやらなきゃだめだよ、チナツ。言われなくてもわかってるよね」
「ねえ、母さんはさ。アキにいろいろおかしなうわさがあったの知ってたんでしょ。それでも、アキのこと変なふうに思わなかったの?」
「あの子は、大人の身勝手な都合に巻きこまれただけだよ。本人は何も悪いことしてないのに」
 母は腹立たしげに言った。
「アキは、自分のことをちっとも弁護しようとしない。だから誤解されるんだ。ほんとうはいい子なのに」
 おれのことばに、母は表情を改めた。
「いい子、なんだろうね。でも誤解はされやすいと思うよ。おまえが言ったこととはちがう意味でね」
「どういうこと?」
「なんていうんだろう、子供らしさがなかった。環境のせいなんだろうけど」
 ことばを探している。いつも歯切れのよい口調の母には珍しい。
「もしも女だったら、魔性の女って呼ばれる類の子だね」
「何それ」
 おれは盛大に吹き出したが、母は至ってまじめだ。
「それにね、はじめてあの子を見たとき、なんだかどきっとした。あんなに小さい子供なのに。どこか、大人でもたじろぐものがあるのよね」
 おれも真顔になった。
 アキの澄んだ目。深すぎる、透きとおりすぎているまなざし。たしかにおれも、心臓を冷たい素手でつかまれるような思いをしたことがある。怖いとさえ感じたこともある。
 何もかも見通しているような、それでいて何も見ていないような、見るべきものなど何もないと言っているような、あの瞳。
 きっと、アキに接すると、すべてを映す澄明な鏡を前にしたように、勝手に見てしまうのだろう。自分の欠点や、劣等感や、欲望や、妄想なんかを。のみならず、アキにお門ちがいの感情を抱くのだ。
「まあ、それもこっちの身勝手なイメージだけどね」
 母がいつもの明るい口ぶりを取り戻した。おれはあいまいに返事をして、湯のみを取り上げた。
 何を考えているのかまったくわからない、よそよそしい得体の知れなさは、小学生のときに比べればだいぶうすらいできた。
 それでも突然、ふっと、はるかかなたの存在に感じることがある。
 もしかして、アキは、おれとハルに黙って、いきなりいなくなってしまうのではないかと不安になる。
 アキ、おれもハルも、きみの幸せを願ってる。だから、それがアキにとっていいことならかまわない。
 でも、そうじゃなかったら。おれたちのことを思って、ひとりで苦しんだり悩んだりする道を選ぶなら。おれはきみを許さない。
 たとえハルが許しても、そんな身勝手を、おれは一生認めないからね。

20060419, 20141006
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