ふるふる図書館


第五部

第七話 パーティーはわいわいと



 新年明けて、冬休み最終日。七瀬邸ホールにおける、森川知世生誕十八年記念式典。
 なんてごたいそうなものではない。ふつうの服装でお越しくださいと招待状にも明記されているくらいだ。
 もしかして、「森川知世の誕生から今までの歩みをスライドショーで振り返る!」などという趣向があったらどうしようかとはらはらしていたが、そんな企画もなかった。
 知世は注意深く、幼少期の写真のうち人目にさらしてよいものを厳選し、アルバムに構成しなおしている。化粧していたり、ドレスを着ていたり、そんな言語道断なものはもちろん抜かりなくはじかれ、秘密のたんすにしまわれたのだ。
 参加者に閲覧されるのは、こうした陰の努力に支えられたオフィシャルなアルバム。
「うーわー。子供のときから全然変わってないー。可愛いなあ先輩」
「あら懐かしい。この黄色いポンチョ、あたしが作ったものだわ」
「へえ、すごいですねえ」
「昔はよく縫ってあげたものだけど、今となっては洋服作ってあげられないから、つまらないのよねえ、ほんと」
 滝沢季耶と伯母の会話に、なぜか前生徒会長の綾小路那臣が色めきたってアルバムをのぞきこもうとし、弟の史緒にわき腹に鋭い肘鉄を入れられていた。
 とまあ、途中までは不測の事態もなく、順調になごやかにパーティーは進行していたのだ。ほっぺが落ちて舌がとろけて人相が変わってしまうんではないかというほど美味なごちそうもあるし。
 深晴がピアノで「ハッピーバースデイ」を弾いてくれたときは、不覚にも目頭が熱くなりそうになった。プレゼントはこれだけで充分だと心から感謝したほど。
(パーティーがひけてから深晴のプレゼントの包みをほどいて、手製の「知世ちゃんきせかえ人形」と「きせかえセット」を発見し、衝撃を受け、身もだえのけぞりのたうちまわって倒れ伏す運命にあることを、知世はまだ知らなかった……。知らぬが仏。)
 だが、サプライズはだしぬけに訪れる。予感も前触れもなしに。

 宴もたけなわにさしかかったころ、招かざる客が来場した。
「あれれえ? どうしたの妹尾っち」
 玄関に応対に出た田浦悠里が、大声を上げた。悠里にともなわれて入ってきたのは、見おぼえがまるでない人物だった。
「はじめまして。二年の妹尾司(せのおつかさ)です。誕生日おめでとうございます」
「あ、ありがとう」
 戸惑う知世に、司は義理がたそうな身ぶりで手を振った。
「いえいえ、それはこちらが言うべきことなんです。見てください」
 雑誌を取り出し、ふせんのはられたページをひらいた。正確な動きをする手だ。
「わっ、すごい!」
 見守る観客から賛嘆の声が上がった。「大賞」「妹尾司」の文字が躍っている。どうやら、写真のコンクールで一位を取ったようだ。それも、ずいぶん権威ある催しらしい。賞金額も太っ腹だ。
 知世は、羞恥するのも忘れてまじまじと写真を見つめた。
 写っているのは、まぎれもなく自分だ。制服姿の。やわらかな日ざしの中、校庭の桜の木にもたれて、指先で桜の実をもてあそび、伏し目がちにしている。ただそれだけだ。それだけなのに、眼が離せない。
 伯母が、からかいをこめてうふふと笑った。
「あなた、知世ちゃんが好きなんでしょう。あたしでさえ、知世ちゃんってこんな顔するんだなあって思ったもの。ずっとこの子のこと見ていないと、こういう写真はとてもじゃないけど撮れないわ」
 どーして、話をそっちの方向へ持っていきたがるかなあこの人は。
 苦りきる知世を尻目に、司は、鋭いなあとぽつりつぶやいた。ど、どういう意味だよっ。
「今日はお礼に、大きくひきのばしたものを持ってきました。ささやかですがプレゼントします。よかったら飾ってください」
 額を渡して、司はすぐに辞した。
 だから、すんごく気になるんだってば! 数名ほどが伯母の無責任な発言に、ああなるほどみたいな腑に落ちたようすでいるのも!

 またも呼び鈴が鳴った。
 今度は知世が、火がおこされた暖炉と、客人の熱気とであたたまったホールを出て、玄関に向かった。
 ドアを開けると、冷気が頬を打った。なるほど寒いわけだ、かろやかな羽毛のような雪がちらつきはじめている。
 それを背景に立っていたのは。
「知世ちゃん。誕生日おめでとう」
 白い息がふわりと宙に溶ける。柳田誓子だった。
「あ、ありがとう」
 会うのはあの夏以来だ。声がのどにひっかかって、うまく出ないが、ともかく玄関に招じ入れた。
「冬休みは、今日まで?」
「うん。峻音の家に年始に来てて。本当はもう家に帰らないといけないんだけど、わがまま言ってのばしてもらった。誕生日だって聞いたから」
「そう……」
 知世は、誓子がどこに住んでいるかも知らないことに気づいた。
 背後から、能天気でにぎにぎしいどんちゃん騒ぎが響いてくる。
「上がっていく? 今パーティーやってるから。食べるものもたんとあるし」
 誘いを、誓子は笑って謝絶した。
「気持ちだけで充分。もう、行かなきゃならないし」
「送ってくよ」
「いいよ、すぐそこだし。その格好で外に出たら風邪ひくよ」
「だいじょうぶ」
 やせ我慢もときには必要だ。外はとんでもなく冷えこんでいたが。誓子が長いマフラーをほどき、知世の首にぐるぐる巻いてくれた。男女の立場がまた逆転している、どうあがいてもそういう巡りあわせか。これもまた人生の妙味か。
 歩きながら、ぽつぽつと話をした。誓子は、進学先は地元の高校だという。また会えるのは、とうぶん先になる。
 誓子といるのは、おだやかで心地よい。心地よすぎて、ずうっとふとんの中でぬくぬくしている気分になれる。甘やかされて、守られて。
 いいや、それではだめなのだ。知世は内心で強く強くかぶりを振った。きっぱりと思いを断ち切るように。
 ……でも、いつかは。
「ありがとう、ここでいいよ」
 誓子が立ち止まり、正面から知世を見つめた。やはり、誓子のほうが背が幾分高い。
 知世は持ち主に返そうと、マフラーに手をかけた。
「帰るまで、寒いでしょ。それ使って。何も持って来なかったから、誕生日プレゼント」
「ありがとう。大切にする」
 雪片が舞い散っていた。誓子の冷え切った髪にも、花びらのようにとまっている。
 知世はそっと手をのばして、そのひとひらを指でつまんだ。あっという間にとけて水滴になった。はじめて触れる誓子の髪は、まっすぐで少し硬かった。自分のものとまったく違うこの感触を、ずっとずっと忘れないだろうと予感した。
「じゃあ、またね」
「うん、また」
 知世も、心からの笑顔を浮かべた。成功した、と思う。たぶん。
 誓子の姿が完全に消えるまで、知世はそこに立っていた。それから、まだ濡れていない道路を蹴って、七瀬家へ向かって走り出した。前傾姿勢を取って、両腕を前後に大きく振って、全力で。
 寒かったせい、だけではなく。

 もうひとつ、知世の肝をつぶすできごとがあった。
「先輩、師匠はまだですかねえ。来ないつもりかなあ」
 季耶が思案顔をして知世の腕をつついた。
「あいつ、ちゃんと来るって言ったから。時間の指定まではしなかったけど」
「師匠のこと、信じているんですねえ」
「いいや、ぜんっぜん。でも、約束だけは破ったことないんだ、あいつ」
 ことばが終わりきらないうちに。
 色とりどりの、はなやかできらびやかなものが視野にとびこんできた。
 風船の大群だ。
「お前の大好きなものだ。受け取れ」
 えらそうに宣言するのは、うわさをすればの春日玲だ。それは、ちょっと手抜きなプレゼントじゃないか?
「わあ、風船が好きなんですか? 可愛いなあ」
 たちまち招待客によって、格好の揶揄のたねに仕立てられた。これはいじめかとうめく知世に、玲は、心外そのものといったていで眉を上げた。
「なんでだ。子供のころ風船をもらいたかったんだろう。あったかくて幸せな家族の象徴で。だから、こんなにどっさり持ってきてやったんじゃないか」
「ああ、そう言ったさ言ったとも! でも、こんなタイミングでこんな」
 言いさして、知世は不意に右手で顔をおおった。糸を握りしめていたおびただしい風船が、高い天井めざして一斉にぱあっと舞い上がる。
「どうしたんだ? 何ごとだ」
 うろたえたような口吻は、前生徒会長だ。こたえようとして、知世は自分の声音がくぐもるのがわかった。顔を手でおさえているせいだと思われるといいんだけどな。
「こないだ、正式に離婚が決まったんだよ、うちの両親。そうすればいいってずっと思っていたからさ、別に悲しいとかさびしいとかそんなこと思わないけど、でも、でもさ……。今こうくる? まったく、やってくれるよな、ほんと、いつも」
 泣いてるのか、としんみり重くなった座が、ひっくり返された。知世が唐突にくすくす笑い出した声で。
「で、お前、こんな量の風船持って、往来を歩いてきたわけ? おっかしいの! 似合わなすぎ!」
「つまりこれは、家族になりましょうという意思表示ですね、師匠」
「つまりこれは、誕生日にプロポーズということですね、春日さん。やるなあ!」
 季耶と兄の陽耶がかわるがわるひやかし、知世はこのお神酒どっくりに仲よく鉄拳を見舞った。日々の兄弟げんかの成果か、異様に打たれづよい双子はさほどダメージにもならなかったようで、かえすがえすも口惜しい。減らず口はとどまらなかった。
「森川先輩が気づいていないと師匠が気の毒だと思って」
「野暮を承知で、わざわざ春日さんの代弁をしたんですよ、おれたち」
「だーかーら! そんなのじゃないって! ほらそこ、余裕かましてケーキ食べてるなよ、春日。おれひとりばかみたいじゃないか、もうっ!」

20050621
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