おかわり12 トリート・ユー・ベター 1
まだ長いとはいえない俺の人生はごくごく平凡である。それは自分の望みでもある。しかし。
新卒の就職に失敗して再就職したり、交際している(いまだに確信はないけど)のが同性だったり、その相手が七歳年上の変人だったりすることから、多数派と自称できない気がしてきた。それでも。リア充の対極、とことん地味であるという事実はゆるがないと信じていたのだ。
そんな俺が。
「こ、これが、ディズニーランド……」
駅の改札を出たとたんにオーラが圧をかけてくる、夢と光と魔法のワンダーランド、およびそこに集いし人々はキラキラまばゆく溺れそう。「目が! 目がー!」と叫んで顔を覆いたい。しかも。
「そうっ! これがっ! ディズニーデートだああ!」
デートだと。デートだと。ばかばかばかばかばかー。俺の心中を見事なまでに頓着せず、澄みきった瞳で「ねえ知ってる?」と豆しばの真似をかましてきた。やたらうますぎてうぜえ。
「ディズニーリゾートってね、同性どうしでも結婚式できるんだよ?」
「わあああああっ」
身をもんで悶える俺を見てケラケラ腹を抱える、いつもどおりの木下さん。ぶれないお気楽さだ。
「ほんとに初めてなんだ、ディズニーランド」
「初めてですよ、近場だから修学旅行でもチョイスされないしこんなところこっ恥ずかしいしそもそも誰からも誘われたことないし! ……って、笑ってますよね? 馬鹿にしてますよね……?」
「んーん。ちぃっともー? さっ、それなら案内はこの木下さんにおまかせだよっ! 行こ行こ!」
つんのめる勢いでぐいぐい腕をひっぱられてしまった。
「うわ、すっご! ハロウィンだ!」
想像していたよりも、カラフルでキュートでファンシーでパステルな世界でなくて安心した。オレンジ、紫、黒がメインな色合いで、おばけやこうもり、蜘蛛の巣やかぼちゃが賑やかに飾りつけられている。キャラクターに扮して練り歩く人たちは、ここで働いている人ではなくて客だという。ふだん絶対そんなの身につけないだろってつっこみたくなるような男子ですら、恥ずかしげもなくキュートなグッズを装着している。こんなに大勢の人間のキャラをいっぺんに変えてしまうとは恐るべしディズニーランド。震えるわ……。
「ふふっ嬉しそう」
「へ?」
きょろきょろと見回した。横を歩く木下さんの視線の先には俺しかいなかった。俺か。俺のことか。
「は、あの」
「ディズニーランド楽しい?」
「え……いや」
「そか。じゃあ俺とふたりでいるから楽しいんだ。かっわいー。コーキかっわいー。ふっふふふ」
ど、う、し、て! そういう結論に! なるかな!
「もー! なに言ってんすかこんなところで! やめてくださいよ! 俺、トイレに行ってきますねっ」
あわてて木下さんから離れるべく小走りしたら、キャストっていうのか、スタッフさんにぽすっとぶつかってしまった。謝ったついでにトイレの場所を尋ねる。
「えっ?」
なぜかびっくりしたようで、その女の人はめがねごしの目をぱちぱちさせた。長い黒髪をきゅっと後ろでひっつめて、いかにも真面目そう。こちらも無言で目をぱちぱちしているうちに、木下さんが追いかけてきて、俺の二の腕をつかんだ。
「こーら。ひとりで遠くに行っちゃあだめだろお? 今日は俺が案内するって言ってんだからー」
「や、ひとりで行けますよそんなん。俺のこといくつだと思ってんですかっ」
そんな俺の抗議にかぶって、大きな声が接近してきた。
「やだやだやだやだまち子さーんナンパですかナンパされてんですかそりゃまち子さんがナンパされるくらいかわいくてえろくてプリティーだってよーくよーく知ってますけどあたしのまち子さんに誰も触られたくないんですうううう」
めがねの人はたちまち真っ赤になった。
「はあ?! またあなたはそんなことを外で恥ずかしげもなく大きな声でよく言えるわねもう信じらんない信じらんない」
近づいてきた女の人を、昭和の漫画みたいな勢いでぽかすか殴り始めた。このめがねの人はディズニーランドのスタッフじゃなかったのかえらくかっちりした身なりなので勘ちがいしてしまった、とか。この人たちよく読点なしでテンション高く喋れるな、とか。ぼんやりといろんな考えが巡って、ふと。
なんか、こういうやりとりって親近感ある……。いや。いやいや。俺はこんなに木下さん殴んないし。あと、こんなに赤面しないしっ。それに、こんなに盛大に照れ隠ししないしっ!
「もーまち子さん横暴! いったーい痛いですー」
ああ、なんか仲よさそう。俺たちも傍からみたらこんな感じなのか……。って。ちがうちがうそうじゃ、そうじゃなーい(song by 鈴木雅之)! 俺はこんなに(初めに戻る)(ダ・カーポ)。
勘ちがいしてしまったお詫びの意味もこめてぺこっと会釈してから離れたが、ふたりの視界にもはや俺が入っていないことは明白だった。
その後も行く先々で、あのふたり連れが視界に入った。つい目で追ってしまっているうち、「また見てんの?」と木下さんが俺のあごをつかんで自分のほうに向けさせた。はわわわこれって巷でうわさのアレですかー? と焦りまくる俺の脳内萌えキャラを、ばっかもーんそいつは顎クイなんかじゃなーいっ、と俺の脳内銭形警部が叱り飛ばす。
「あのひとたち目立ちますもん、にぎやかだし、美人だし」
「ふうん。お前、美人好きだもんねー?」
「嫌いなひとはあまりいないと思います……」
美人の話題はさておいて、さっさと手を離し、顔を遠ざけてくれませんかね? 周囲の視線が気になってしかたない。盗撮されてTwitterとかで拡散されたらどーすんだよっ。木下さんの手をつかんでひっぱがそうと試みる。
「木下さんは、美人好きじゃないんです? ディズニーランドは誰と一緒に来たんです? 美人じゃなかったら可愛い女の子でしょ? それかイケメンでしょ?」
「おおっやるなヤキモチにヤキモチで返すのか! 出た新技だ! コーキ2だ! やんややんや」
「シライ2みたいに言わんでください。どこの国際連盟に認定されるんですかそれは!」
それに、アンタがヤキモチなんか妬くわけないでしょ。という言葉までは口に出せず、飲みこもうとしてもなかなか胃の腑に落ちていかなかった。嚥下障害ですねわかります。苦くてのどにひっかかって、むせた拍子にうっかり涙ぐんでしまう、龍角散みたいなやつだ。