おかわり7 スターズ・トゥインクル・イン・ユア・アイズ
街がきらきらのイルミネーションで飾られている。木下さんの最寄り駅の周辺も、小じゃれたライトアップがされるようになった。
「へー。有名どころに比べたらしょぼいけどがんばってんじゃん」
自宅に帰る俺を駅まで歩いて送ってくれていた木下さんが、けなしているのかほめているのかよくわからない大声を無遠慮に上げた。周辺には仲睦まじく寄り添う二人組の姿がちらほらしていて、「わあきれーい」などと女子が可愛らしくはしゃいでいるのにだ。まーた雰囲気台なしな言動をして、この人は。
「有名どころ、見に行ったことありますか?」
「ない」
ごくごくあっさりさっぱり否定。興味、ないのかな。俺もわざわざ足を運んだことはない、けど。一度くらいは見てみたい。新宿、恵比寿、丸の内、カレッタ汐留、ミッドタウン、東京ドームシティ。カップルだらけな場所に単身丸腰で乗りこむのは気が引ける。じゃあ誰かと一緒にって考えると、第一候補が木下さんになってしまう。なんでだ。やっぱり、その、俺は木下さんとそうゆう関係なんだろうか。
ああ、いくら友達が少ないからって、イルミ見物につきあってほしいやつ他にいねーのかよ俺。木下さんって侘び寂びとかムードとか、あいまいであやふやなものをぶち壊しにする達人なんだから(俺、この人のどこがいいんだろね?)。
百歩も二百歩も譲って、情緒を粉砕されてもいいとしよう。それでも悩みは解決されない。はたして、俺から木下さんを誘っていいのだろうか。俺が木下さんと出かけると、俺はいっさい財布を出さないで終わってしまう。「いーからいーから。若輩者は黙っておごられてなさい!」とあしらわれてしまう。そんなん申し訳なさすぎだ。だからといって、俺が木下さんを接待するような口実も見つからないんであって。木下さんが今まで、俺にいくらの金をつぎこんできたのか、恐ろしくて計算したくねえ。だから俺からお出かけを提案するなんて、ねだってたかってるみたいで、やだ。いやである。
それにもひとつ。そんなところにいるのは、どーせ外でらぶらぶしたい輩ばかりなのだ。男女の。男女の。男女の。
現に、俺の視界のはしっこで、男女がぴったりとくっついている。うん、俺は人前でいちゃいちゃするような趣味がなくてよかった。もし、公衆の面前で手をつなぎたいとか、腕を組みたいとかいう欲求があったら、たぶんしたくてもできなくて、もやもやするんじゃないだろか。
隣を歩く木下さんをちらりと見た。この人だったら人目は平気かもしんない。露骨に公共の場でべたべたしてたもんな。
だけど今はそんなことしないな。なんでだろ。なんて、その疑問を口にしたら。
「ほえ? お外でにゃんにゃんしたいんだ? きゃっ、コーキったら大胆ー」
「にゃっ……? ちっがいますよっ! 単なる純粋な問いかけですっ。遠まわしなおねだりとか婉曲な催促とかじゃ全然ないですっ」
つい息巻いた俺を、へらへら笑ってる。絶対わざとだろ今の。
「わ、ほっぺたまっかっか」
「そんなことないです、てか見えないでしょ?」
「見えるよ。そう、お前のことならね」
iPhoneのCMみたいな台詞を、突然のイケボで言うんじゃありません。
ダウンジャケットのポケットにつっこまれてた木下さんの両手が、ぴとんと俺の横っ面にひっつけられた。
「寒さで赤くなってんだよ。ひえっひえ」
不意打ちくらって俺は焦ってのけぞった。さながらマトリックスかイナバウアーか、リンボーダンスだ。
「うわっ、ちょっと、やめてくださいよ恥ずい!」
「いーや、やめなあーい。ウブな反応しちゃって、もっとすっごいことしてるくせにー」
憎たらしいほど楽しげにぐいぐい距離をつめて、どうにか逸らそうとする俺の目を覗きこんでくる。鼻先がぶつかりそうだ。俺はなんのスイッチをオンにしたんだよ? やる気スイッチか。自爆スイッチか。心臓は、ドラムロールのように激しく、ふなっしーのように荒ぶる多忙ぶりだ。俺の体内はブラック企業か。ひたすらあたふたしていると、
「なーんちゃって、ね?」
ぱっと離れた。
「あら、あの人たちなんなのかしら、アヤシイ関係なのかしら。って後ろ指さされたら、昔のお前だったら『ちがいますっ! 木下さんが変人なだけです!』ってきっぱり打ち消せたんだろうけど、ね?」
木下さんの言わんとしたことがわかって、俺は声を飲みこんだ。今の俺には、そんな否定はできない。はずだ。たぶん。
「でもさ、いいんだよ。グリーンだよ」
「なにがです」
「つらかったら、そう言われたとき否定しろよな?」
なんてこと言うんだ、ギョッとして視線を上げたが、その先の木下さんは常と変わらずゆったりたっぷりのんびり(ホテル三日月)とした態度だ。
「いやさ、ほんとに切り捨てるわけじゃねーんだから、気に病むことねーだろ? たったそんだけでお前がいやな思いを回避できるなら儲けもんだよー」
こともなげだな、おい。俺はその場にずるりとしゃがみこみたくなった。そんなの絶対おかしいよ(魔法少女まどか☆マギカ)! マリアナ海溝ばりに深い深いためいきが出る。
「木下さんは、馬鹿です」
「そーかもね」
アンタのこと、たとえその場かぎりだとしても本気で突き放すなんて。いやな思い、回避できるわけ、ないじゃんか。
「木下さんは、平気なんですか」
「うん。平気の平左衛門。ただ、そんなやりかたでしかお前を守れないのは痛いかな」
膝が情けなくもがくがくして、立ち止まってそれを隠そうと押さえた手のほうがもっと震えていた。幸い、そんな俺の姿に木下さんは気づいてないらしく、のほほんと話を続ける。
「だからさ、近々、お前のご両親に挨拶に行こうかって考えてんだけど」
「ふぇっ?」
つるっとなされた宣言に、すっとんきょうな悲鳴が出た。木下さんところとちがって、うちの親がすんなり納得してくれるとは、とうてい想像できねえよ! 別にこのままでよくね? 今誰も傷ついてないし、誰かが不利益を被ったりもしてないんだから。せっかくすやすやぐっすり寝てる子を往復ビンタで叩っ起こすつもりかよ。
「もし、万が一、お前の身になにかが起こったとき、そばにいるのを許してもらえるようになりたいからさあ。まっ、心配すんなよ。俺のこと、苦労知らずのゆるふわ男子って思ってるかもしんねーけど、もう少し信じていいんだからね?」
なにをほざくか。「しんどい気持ちになるくらいなら、俺を切り捨ててふたりの間柄を隠せよ」って言い放った舌の根も乾かぬうちに。その言葉、そっくりレシーブしてやりたいわ。
「ふふふ、口八丁手八丁、口から生まれた木下さんの実力をとくと味わうがよい。舌三寸の力をなめるなよ! 好きな言葉は、口車です!」
いろいろパクリはじめた木下さんに、俺はうっかり吹き出してしまった。
「こういうのって、身内のお前のほうだろ大変なのは。赤の他人の俺じゃなくてさ。だからごほうびとして、面会が終わったらさー、どっかきれいなイルミネーション見にいこっ」
「えっ。ええっ。……き、木下さん、らしくない」
「やーだこの子ったら照れちゃって」
「照れてませんっ」
「そんなに涙ぐんでんのに?」
「こ、れは、空気が乾燥してるからでっ」
「まばたきしていいよ、そんなじっと俺のこと見ないで」
あわててぱちぱちとしばたいて、眼球表面の水分を散らす。
「光が瞬くのも、目を瞬くのも、日本語では同じ漢字だけど、英語でもどちらもtwinkleっていうんだよな。俺はイルミより、お前のtwinkleのほうがいいな」
いやいやいやいや、どんな了見でそんなきざったらしいこと言うんだよ。だ か ら、イケボのむだづかいやめれ。
「イルミを見に行ったら、俺じゃなくて電飾のほうに注目してくださいよね」
だって。アンタの目のtwinkleが気になって、イルミどころじゃなくなるじゃん。
そっと視線を送ると、木下さんの淡い色の瞳は夜に塗りつぶされて、眼光なのか、LEDの反射なのか、星みたいにきらきらまたたいていた。
独特な色合いの瞳に吸いこまれそうだと思っているのは、実は俺だけだったらしいというのを知ったときの衝撃は、永遠に海馬の奥に封印されててほしい。誰に話しても賛同を得られなかったときのむなしさよ。要するに、俺が吸いこまれたがってただけなんだ。その視線に絡め取られたがってたんだ。地面にずーんと沈みこみたくなるような発見だよ気づきたくなかったよ俺のおたんちん。あんぽんたん。
「君の瞳に恋してる」
俺はどうも、考えたことを口からぽろぽろこぼす癖があるらしい。唐突な俺の言葉を聞いて、木下さんがきょとんとした。何気なさを最大限装って語をつなぐ。
「っていう歌がありましたよね」
「うん」
「あなたから目が離せない」
「うん?」
「ていう英語をうまく日本語にしましたよねぇ」
「そだね」
軽やかにうなずく木下さんは、俺の赤くなった顔に気づいてるのかな。今度は気温のせいじゃない、だってほかほかぽかぽか火照って熱い。
「俺がイルミを見たがってるって、なんで知ってるんですか?」
「くくく……。サードアイを持たぬ者は思いもすまい……。お前のことを見通す力があるとはな……。フッまあいい」
「まあいいじゃありませんよ、やぶからぼうに中二病を患わないでください。そのサードアイとやらは邪眼ですか?」
「ああ……。この邪眼を覚醒せしめたのは、お前だ……。だが、世界は、再生される……新たなる世界が始まる」
「はあ」
とりあえず間の抜けたあいづちを打ったら、「てゆーことで!」と素に戻る木下さん。
「ちょっとでも、これからは俺に言いなさいね、したいこととか。知りたいこととか。遠慮する理由、ある?」
「あ、……ありますよ。俺は、木下さんのお荷物になりたく、ないです」
「ふうん。ならばいくぜ俺のターン、ドロー! 遠慮しなくていい理由、それは、お前と俺は(ピー)どうしだからだっ」
「ぎゃあああっ」
なんつーモンスターを召喚してくれてんだ。俺のライフはもうゼロだよ! 思わず耳が自主規制しちゃったじゃねーか! そりゃ確かに! こないだ意思確認をされて、承諾したけど、したけどー!
悶絶している俺の耳を、木下さんの呼気が柔らかにくすぐった。
「でも、ありがと。俺のことそう思ってくれて」
ついさっきまでバトルアニメのキャラなみの力強さでしゃべってたくせに、そんなウィスパーボイス出すなっつの。おい落差、仕事しすぎ! 外はさっくり中はしっとりのカントリーマアム作戦かよ!
「ちが! アンタのためじゃ全っ然ないからっ。単に俺が、アンタに嫌われたくないだけだからっ!」
木下さんがニヤニヤするのを無視して続ける。
「だったら……今後手加減しません。俺だって、本気出します」
「よろしい。かかっておいで」
俺たちの戦いはまだこれからだ! 的な会話だけど。ほんとにまだまだこれからなんだ。これからがあるんだ。
出会って九年もたつのに、まだまだ俺は、すぐそばでしまりなくにへらにへら顔をほころばせて笑うこの人のことがわからない。話せてないこともいっぱいある。話してもらってないことも。
だけどそれらを解消する時間をくれたんだ。俺に万が一のことがあっても、そばにいてくれようとしてるんだ。
色とりどりのデコレーションライトが、にじんで揺れてまたたいて。木下さんの肩にぽすっと顔をうずめて、こっそり目元を拭いたのだった。