第5話 ロシアン・ドール russian dolls 1
「はあああ? じゃあなんにもなかったってこと?!」
突拍子もない声を上げる藤本さん。
「なんにもって、なんですか」
「押し倒したり押し倒されたり、も?」
押し倒しって。送り出しとか寄り切りとか浴びせ倒しとか、そんなやつか? 俺たちは別に相撲を取ってたわけじゃねーぞ。
「あたしがせっかく! あんなにたくさん! テキストを謹呈したのにぃ? お赤飯炊こうと思っていたのにぃ! まったくふがいないったら」
「やっぱりそれが目的だったんですか……。だから、俺たちそんな関係じゃないんですってばあ」
なにかあるはずもない。だって木下さんは俺にそんな気ねーんだから。おかげで妙な緊張もなくホテルでの夜を過ごすことができたわけだし、万々歳、じゃねーのか。
「桜田、女の子と付き合ってみたらどーかなあ」
そんなことを言われて。
「付き合ってみます。誰かいたら紹介してくださいね」
俺は木下さんに向かってにこりとした。自然な笑顔になってますようにという願いが天に通じたのか、木下さんも至ってふだんどおりに言葉を返してくれた。
「おう。お前だったらいい子が見つかるぞ」
それは裏も含みもなさげな口調だった。ああこの人は心からそう思ってるんだなと俺は悟って、もういっぺん笑った。笑うしかない。
その後は、たわいもないことをしゃべったり、なぜか「おちゃらか」だの「アルプス一万尺」だの「あっち向いてホイ」だの「ウルトラじゃんけん」だの、そんなことをやって盛り上がったりして、ベッドで眠って。朝メシを食って。別れて帰って。
ほどなく藤本さんにメールで呼び出され、木下さんの実家のリビングで事情聴取を受けることになったのだ。
藤本さんはあごに手を当ててううんとうなっている。
「木下君、どっか変じゃなかった?」
「あの人はいつだって変ですよ」
「そりゃあもちろんそうなんだけどねー。桜田君に言ったこと、どこまで真意だったのかなって」
「俺に木下さんの考えなんてわかりっこないです」
「こんな万全なシチュエーションでこのオチはありえないから」
「あの、ですね。せっかくの期待を裏切るよーで申し訳ないのですが、俺は人におもしろがってもらうために生きてるんじゃないんですよ。エンターティナーじゃないんです」
「あ、わかっちゃった? てへ」
てへ、じゃない。この物言いといい、もしかして、木下さんと藤本さんってよく似てるんじゃないだろか。結局のところ仲がいいみたいだし。
「俺で遊ぶのやめてくださいよね」
「つまんないのー。ほんとに彼女探す気?」
不服そうだ。
「え。いや。探して見つかるものですかね。こーゆーのってご縁だと思うし」
「そんな古風なこと言っちゃって。やだもー、お姉さん萌えちゃうじゃないの」
や、ここはひとつ穏便に、おのが宗派(?)にしたがってください。
「だけど行動を起こさないことには現状維持が関の山だよ」
「う、なんと世知辛い世の中」
積極的に女の子にアタック(死語)したことねーんだってば俺。涼平に相談してみよっかな。あー女の子にもてるやつの助言は役立たないか。待つ身受け身でも相手が寄ってくるんだもんな。誰か紹介くらいはしてくれるかもしんないけど。仲介してもらうのって、気をつかいそうだなあ。
「女の子と付き合いたいって気はあるの?」
「木下さんにああ言われて、ああ宣言した手前、ちょっとは努力しようと思ってますけど」
そしたら、木下さん、よろこぶんだよな? よかったって、思ってくれるんだよな? いつになっても、あの人の本心なんかうかがい知れないけど。
「どういう子がいいの?」
「そうですねー。物静かで、読書が好きで、可愛くて、あんまりおしゃべりじゃない子がいいですね。俺が口数多い方じゃないから、ちゃんと話を聴いてくれると嬉しいかな。あ、それと、料理するのが得意だとか。共通の趣味があるのっていいと思うし」
「ふーん。木下君と共通点が全然ないじゃないの。本が好きってとこくらいか」
藤本さんは口をとがらせて、テーブルの菓子器から歌舞伎揚げを取るとばりばりかじった。だから、なんでもかんでも木下さんに結びつけるのはやめてくださいっての。