第20話 ハートブレイクはおちこまない。2
「いらっしゃいませ」
出迎えてくれたのは、七瀬さんのほんわか笑顔とおっとり声じゃなかった。
「うが、こんにちは」
どうにも面妖な声が俺の口から飛び出したのは、ひやっとするほど怜悧なレイさんのまなざしとぶつかったからだ。この真夏に、体感温度が十度は下がる。すぱっと切れそうだ、この人の視線は。いいのか客商売なのに。それとも、俺にだけこんな態度? なにかしたおぼえないけど!
「七瀬は買い物に出かけてる。すぐに戻るよ」
「あ、そうですか」
じゃあさようならと回れ右するのはあまりに失礼なので、俺は言われるままカウンターに着席した。よりによってレイさんとふたりきりかよ。い、癒されない。
七瀬さん、早く帰ってきて! 懸命に祈ったら、きゅるきゅると腹の虫が空腹を訴えた。
注文したフレンチトーストを食べていると、レイさんがカウンターの向こうから話しかけてきた。俺にメシをのんびり食わせない気か?
「桜田君」
「はい?」
緊張に裏返りそうになる声を懸命に表に戻しながらレイさんを見た。一応、君づけはしてもらえるらしい。ちょっとホッ。
「昨日のショートブレッド。実にうまかった。ごちそうさま」
「わあっ、ほんとですか」
よかった。ほんとうによかった。心底よかった。いろんな意味で。
「お菓子、お好きですか。スイーツとか」
「甘いものは好きだ」
すらりとおっしゃる。メタボともデザートとも無縁な、ハードボイルドな外見なのにギャップありすぎだろ。
「このお店も、充実してますよね。オリジナルのスイーツ。どなたが考えてるんですか?」
「ああ。今は七瀬が主にアイディアを出してるかな。でも、昔からこの店はこういう品揃えだった」
「昔、ですか?」
「高校生のときから通ってるからな」
そりゃ、筋金入りのファンだ。
「あ、もしかして七瀬さんとのお付き合いも高校生からですか? 仲がいいですよね」
レイさんはふっと笑った。
「そう見えるかな」
「見えますよ」
「向こうは俺のことがたぶん嫌いだけどな」
嫌いという言葉にドキッとする。どうも過敏になってるらしい。俺の腫れ物だ。
でも、七瀬さんは誰かに負の感情を抱く人ではないみたいだけれど。昨日は憎まれ口をきいていたけど、気安い関係だからできることじゃないのかな。